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かさぶた

06 01, 2010 | 未分類

2 Comments
かさぶた

 時間が少し流れて、心の傷は少しずつ少しずつ、回復へ向かっていると思います。心の傷がかさぶたになるには、転んだ擦り傷よりも時間はかかりそうですが、必ず、かさぶたになって、そのうち知らないうちに小さくなって、知らないうちにかさぶたはなくなっていて、傷跡は周りと同じ肌色に変わるでしょう。

 それまでは、傷が痛むこともあり、心の傷には絆創膏が貼れないし、空気にも触れにくいので、のんびりかもしれませんが、必ず傷は治る。
 
 皆さんからのコメントやメールでの励ましなど、本当にありがとうございました。本当に嬉しくて、心の傷を治すのは、消毒液ではなくて、愛や友情なのだと深く実感しました。

 
 これから、僕は一度モロッコへ向かいます。フランス、スペイン編のブログは追々書いていきたいと思います。
 モロッコの乾燥した空気や何もない荒野に、何かを期待して、自然に抱かれることを期待して、進んでみます。

 応援してくれている皆様。本当にありがとうございます。日本や海外にいる皆様も日常には色んな事があると思いますが、楽しんで行きましょう。
僕のことを応援してくれる方がいるように、僕も色んな人のことを応援しています。
次からは、いつも通りのブログに戻る予定です。いつでも、励ましや応援のメールを送って下さいね。何よりも嬉しいです。
 日本で元気に会えることを楽しみにしています!

DSC_0054.jpg
美ヶ原高原
DSC_0364.jpg
志賀高原
DSC_0643.jpg
しらびそ高原
愛すべき長野の高原。

  それでは皆さん良い日々を!
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生きる

05 30, 2010 | 未分類

8 Comments
生きる。

 この旅に出て、最大の悲劇が、おこりました。
 お金を取られました。内容については、少し悲しくて、詳細をこのパソコンに打ち付けるには、まだ、少し時間が必要で、手がきっと震えてしまう。
 だから、取られてしまったということだけ、そして、僕は無事で生きている、ということ。

 そして、まだもう少し僕の旅は続くというお知らせ。

 時間は、今も流れていて、きっとこの、時、が僕の心を癒してくれる。

 母に連絡をして、生きていていいじゃない、という言葉をもらい、姉に励ましの言葉をかけてもらい、本当に家族の愛というものをしっかりと、感じた。

 涙が流れることもあるけれど、もう過ぎてしまったことは仕方がない、と割り切ってもう少し頑張ろう。

 その日、丁度どん底の僕が耳を傾けたポッドキャストで流れてきた、詩を紹介します。

生きる   
                                     谷川俊太郎
生きているということ
いま生きているということ

それはのどがかわくということ
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ

それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ

そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ

泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ

いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ

いまいまがすぎてゆくこと

生きているということ
いま生きてるということ

鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ

人は愛するということ
あなたの手のぬくみ

いのちということ


CIMG4948.jpg
長野県 上高地

そういうこと。家族や、すべての人に感謝します。すべての自然に感謝します。
ありがとうございます。

それでは、皆さん良い日々を。

いのり

02 14, 2010 | 未分類

7 Comments
いのり

 僕の通っていた高校は、キリスト教の精神を軸に据えていた。朝には朝拝を行なう。聖書を読み、讃美歌を歌う。そして、お祈りを、する。いや、お祈りの代わりに黙祷の時もある。
 そして、讃美歌かお祈りの最後には、みんなで「アーメン」と、言う。「アーメン」は、僕の記憶だと、「本当に、そのようでありますように。」という意味だ。たとえ1人の人間が、家族のことや、自分のことをお祈りしたとしても、全員でアーメン、という。全員で、「本当に、そのようでありますように。」と、言うんだ。これはすごい、と僕は思う。

DSC_0887.jpg
・・・これは、高校ではなく、ダラット教会。

 旅をしていると、多くの祈りに、出会う。
 タイ人の多くは仏教徒で、いたるところに寺院や仏像がある。人々はワットの前を通る時、手を合わせたり、お辞儀をし、そこを去る。もちろん全員では、ない。
 有名なワットの御堂では、たくさんの線香が焚かれ、御堂内が息苦しい位に煙っている。その中で多くの人が、ひざまずく様にお祈りをしている。
ラオスも仏教徒が多い。色んな場所で線香を焚いて、拝んでいる人がいる。
あなたは今、何をお祈りしているのですか。そう聞いてみたい。国や、人種、それに宗教が違っても、祈りは一緒、なのだろうか。

 愛する人のことか、愛する家族のことか、愛する自分のことか、愛することが出来ない自分のことか。それは僕には分からない。

DSC_2112.jpg

 ベトナム人も9割は仏教徒らしいが、ベトナムに入り、ワットをあまり見なくなった。タイやラオスのような、分かりやすいワットが無いだけかもしれない。日本だってそうだ。分かりやすい寺が無いだけでなく、分かりやすい仏教徒もあまり見ない。たまに原チャリに乗ったお坊さんを見る時くらいのものだ。
 
DSC_2225.jpg
これも、一種のお祈りなのかな。
 

 それから、旅に出て知ったことなのだが、物乞いもお祈りをする。誰にか。僕にだ。いや正しくは、大人達にだ。彼らは手を合わせて僕の前で、ぶつぶつと何か言っている。これは、お願いか。いや、僕にはお祈りのように見えた。手を合わせて、手を前後させながら、ブツブツ言う。僕の目をじっと見つめて、お祈りをする。
 
 たまに、泣いている子供もいる。子どものように泣きじゃくるのでなく、目に涙をそっと、溜めている。それはまるで、降り出した雨がそっと、アジサイの花びらの上に落ちて、そこからゆっくりゆっくりと地面に向かって落ちる前に、アジサイの花びらの上で一休みしているような、そんな雫だった。
 汚れた服を身に纏い、裸足でアスファルトを歩く。彼らの足は、もう真っ黒、だ。でも、彼らの祈りはなかなか通じない。もちろん僕にも。
 
 たまには、何かあげたいと思う。でも、何をあげたらいいのか、今の僕には分からない。それでも彼らは、祈り続ける。


 例えば、ポーカーで最初の手がどんなに悪い手だったとしても、人は、次に引いてくるカードに夢を見るように。例えば、ソリティアで、どんなに煮詰まったような状況でも、もしあと一枚、カードをめくる事が出来たなら、状況は大きく変わるんじゃないかと期待するように。

 彼らは祈り続ける。彼らの祈りはいつか届くのかな。 

DSC_0991.jpg
僕は、彼らを写真に納めるのが苦手だ。でもそれは、逆に失礼なことなのだろうか。


 それに、旅をしていると、僕自身がお祈りをすることも増えた。日本にいる家族や友だち、知人、それから自分自身のこと。いろいろ考えることがある。
 家族は元気にやっているかな、とか、みんなは今、何をしているだろうか、なんて考える。ついでに言えば、まだ1歳にもならない小さな姪っ子二人は風邪をひいてはいないか、とも。
 
 日本にいたときよりも、すんなりと心に染みていくように、お祈りが出来る。皆は元気にやっている。そう信じて、今日も僕は「本当に、そのようでありますよう。」と心の中でボソリと呟く。そして、この祈りと共に彼らの祈りも届いて欲しい。僕は今、そう祈る。

DSC_1105.jpg
壊されたワット。そこにも生命は、宿る。

 それでは、みなさん良い日々を!

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