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Green Tour

04 22, 2010 | トルコ

6 Comments
Green Tour

 カッパドキア2日目。僕は、ツアーに参加した。15人が一つのミニバスに乗り、名所を回っていく。ツアーというのは、楽だ。楽なのだけれど、何かが足りない、そんな気がしてならない。名所を回り、はいどうぞ写真を撮って下さい、というスタンスが多い。そして、ガイドは、長い長い歴史を話し出す。それはそれで、有意義ではあるし、素晴らしい。
 それでも、僕はのんびりと過ごしたい。一つの場所で音楽を聴いて、本を読んでしまうくらいにのんびりしたい時もある。

 バスに乗り、まずはギョレメパノラマという場所に、移動する。少し高台になっているその場所からは、低い山に囲まれた奇岩地帯が見渡せる。奇岩には、沢山の穴が空いている。その岩の中に穴を掘って住んでいたことは、間違いない。
 時代は変遷し、住んでいた人々も、住んでいた用途も、違うのだろう。紀元前から、15世紀までの長い長い時間の流れの中での話だ。
 
green tour
ギョレメパノラマ
green tour (1)

 次に、ミニバスで30分程移動し、ウフララ渓谷にやって来た。名前だけで、その美しさがわかるような、柔らかい響きだ。
 ウフララ渓谷は、高さ約70m程の渓谷だ。何万年もかけて積み上げられた地層が切り立っている。渓谷を下り、谷底から空を見上げると、そのウフララの柔らかい響きとは、似つかわしくない程、自然の厳しさを滲ましながらそびえ立っていた。
 それに習ってか、谷に生えている木は、枝を上に向けて伸ばし、葉も空に向かっている。

green tour (3)
ウフララ渓谷
green tour (4)

 1時間程、ウフララ渓谷を歩いた。流れる川は、水の流れが少し早い。川の匂いが、する。懐かしい匂いだ。僕は、川の匂いというのは、世界共通なんだな、なんて考えていた。街の匂いは、それぞれだったような気がする。排気ガスや、腐ったような臭いや、埃の臭い。色々あった。それでも、自然の香りというのは、どこも同じ、なんだ。

green tour (5)

green tour (6)


  ウフララ渓谷の川の上でお昼ごはんを頂き、ウフララ渓谷を後にした。
 
 次に向かったのは、デリンクユという、地下都市だった。ここは、キリスト教徒が隠れるために使っていたんだという。人々は、いつの時代も殺し合い、いつの時代も宗教で争っている。まずは、どの宗教も素晴らしいんだよ、と説いておくべきだったのかもしれない。
 世の中には、こんなにも宗教の教えを重んじている人が沢山いるのだから。

 地下都市は、地下8階まである。かなり掘ったな、というのが僕の感想だ。そして、狭い。頭を2回打った。中腰になり進んでいく、その道に僕は多少恐怖を覚えた。多分僕は、閉所恐怖所なのだろう。このまま閉じ込められたら、なんて考えてしまう。恐怖症というのは、不思議なものだ。遺伝子に組み込まれているのだろうか。
 地下都市は、かなり涼しい。夏でも快適な生活が出来るかもしれない。しかし、僕は、入口にデカイ石を置かれたら、そんなことを考えてしまうだけで、快適な生活は望めない。

green tour (8)
デリンクユ地下都市

 デリンクユを出て、ツアー最後の場所、ピジョンバレーにやってきた。ここの奇岩にも沢山の穴が空いている。この穴は鳩の家だそうだ。昔の人が、穴を掘り、そこに溜まった鳩の糞を集めて、肥料として使っていたそうだ。
 だから、ピジョンバレー。今でもハトの家なのか、そういえば遠くで鳩(多分)が一斉に飛び立っていたっけ。
 これで、ツアーは終了した。

green tour (9)

 僕らは、バスに揺られて、ギョレメへと向かった。午後6時過ぎ、日は少し傾き、大奇岩地帯、カッパドキアは、赤色と黄色の間のような、色に染まり始めていた。

green tour (7)

green tour (2)


 それでは、皆さん良い日々を!
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カッパドキア

04 21, 2010 | トルコ

3 Comments
カッパドキア

 パムッカレの最寄りの街、デニズリからカッパドキアへと向かった。7時半の夜行バスに乗り、適度に硬い椅子と格闘しながら、浅い眠りに就いた。
 何度かの休憩を挟みながらバスは、カッパドキアへと向かう。カッパドキアというのは、トルコのちょうど中心、へそのあたりにある大奇岩地帯である。
 このカッパドキアには、拠点になる町が4つある。ネヴェシヒル、ユルギョップ、アヴァノス、ギョレメの4つだ。僕は、ギョレメという町に行きたかったのだが、ネヴェシヒル行きのチケットだということが分かった。そこから、バスを乗り換えてギョレメに行くつもりだった。
 
 浅い眠りから添乗員さんに起こされ、彼は、カッパドキアに着いたぞ、と言った。僕が時計に目をやると、午前4時30分。僕がバスを降りると、そこはガソリンスタンドだった。ガソリンスタンドに行き、ここはネヴェシヒルかと聞くと、彼はそうだ、と言った。
 外はまだ、暗い。朝の空気は、冷たかった。そして、ガソリンスタンドのおじさんも冷たかった。ギョレメはタクシーで45リラ(3000円位)と言われ、バス停は向こうだと指を差された。指を差された方向には、廃墟になったバススタンドがあった。

 僕は、夜が明けるのを待つか、歩いて行くかを考えた。防寒着に身を包み、地図と睨めっこをする。大体10km~15kmくらいだろう、歩ける距離(歩けない距離ではない)だな、と考えていた。すると、もう一人バスから降りた人がいて、その人も案の定、ガソリンスタンドのおじさんに何かを尋ねていた。僕が、外で地図を読んでいると、その人が店から出てきた。そして、僕の顔をまじまじと見つめる。そこで、気付いた、お互い日本人で、パムッカレで少し挨拶を交わした人だということを。
 一人よりも二人の方が、良い(ときもある)。心強さが何倍も違う。心の余裕が全然違う。一人よりも二人の方が良いんだ、と薄暗いガソリンスタンドでそんなことを思った。

 僕たちは、相談をして、ヒッチハイクをすることにした。朝の5時過ぎ、通る車自体が少ない。少し空が明るくなるのを待ち、辺りが薄黒い色を越えて、濃い青色に変わったころ、僕らは通る車に手を振ってみた。そして、3台目位で車は見事に止まった。
 ギョレメまで行きたい、と伝えると、ギョレメは行かないけれど、途中まで乗せて行ってやるよ、と3人組の陽気なトルコ人は言った。僕らは、お言葉に甘えて車に乗り込んだ。そして、ギョレメへの交差点を10km程通り過ぎた場所にあるユルギョップの交差点で降ろしてくれた。こっちに行けば、ギョレメだよ、と彼は、嬉しそうに話す。しかし、そっちはユルギョップの街だ。

 僕らは、お礼を言って、記念撮影をした。そして、握手をして、手を振った。降り立った場所は、既に絶景だった。美しい奇岩が平原にいくつもいくつも立ち並んでいる。そのまた奥には、大きなテーブルマウンテンが見える。
 
カッパドキア (9)

 その時点で僕は、ノックアウト寸前だった。まだ、夜明けの少し手前、濃い青色は、薄い青色に変わっていく。
 少し、歩いているうちに日が昇り、影に覆われていたような風景は、太陽に照らされて影を振り払い、美しい色へと染まった。

 僕には、「うわぁー」だとか、「すごい」とか、そんな言葉しか浮かばなかった。
 
 そのあと僕らは、目的地ギョメレに向かう為、もう一度ヒッチハイクを試みた。次も2台目で車が僕らの前を減速しながら、通り過ぎて、少し先で止まった。親切にされると、こんなにも人は、満たされた気分になるんだな、と思う。

 ギョレメへ行く交差点で降ろしてもらい、歩いてギョレメを目指すことにした。時刻は、6時を少し過ぎた頃だった。気づけば上空を、沢山の気球が飛んでいる。色とりどりの気球が、シュゴー、と音を立てながらゆっくりと空中浮遊をしている。

カッパドキア (11)
熱気球
カッパドキア
 
 僕らは、景色と気球のコントラストを楽しみながら、ギョレメを目指し、7時過ぎにギョレメに到着した。宿に着き、寝ている管理人を起こして、チェックイン。

カッパドキア (1)
ギョレメの街はこんな街

 僕は2日連続の夜行バス移動の疲れで、すぐさま眠りに就いた。
お昼に起きだして、少し辺りを散歩した。宿から5分くらい歩いた所も雄大で、本当に雄大で、感動する。自然に敵うものなんて、何もない。ただただ実感する。
 
カッパドキア (4)

カッパドキア (5)

 
 僕は呆然と、そこに立ち尽くした。僕の目の前には、テーブルマウンテンが、美しくも雄大にそびえ立っている。

カッパドキア (8)

カッパドキア (7)


それでは、皆さん良い日々を!

パムッカレ

04 19, 2010 | トルコ

7 Comments
パムッカレ

 イスタンブールの宿を夜9時に出た。出来上がったばかりの日本のルーで作ったカレーを、急いでかき込み、それが熱々で、口の中を火傷しそうになりながら食べた。久しぶりの日本のカレーは美味しくて、もっとゆっくり食べたかった。

 宿を出て、トラムと地下鉄を乗り継いで、バス停へと向かう。次の目的地はパムッカレ。そこには、世界遺産である石灰棚とヒエラポリスがある。パムッカレまでは、宿で一緒になった方と同行することになった。
 バス停に10時2分前に到着した。バス停に着くや、緑と黒のボーダーのTシャツを着たトルコ人が、どこに行きたいのか、と聞いて来て、パムカッレと答えると、ぐいぐいと案内してくれる。そして、パムカッレ行きのバスがどこもフルであることが判明し、僕らは苦渋の選択を迫られた。一度出直すか、バスを乗り継いで行くか。そして、もう1つ面倒くさい選択を迫られた。ボーダートルコ人が要求するチップを払うか払わないかだ。もちろんこれは、即答で払わない、を選択した。
 
 どちらも嫌だったが、僕らは乗り継いで行くことを決意し、12時発キャタフヤ行きに乗り込んだ。バスの一番後ろの席に座り、12時発のくせに何度も飲み物を配りに来たり、ゴミを回収しに来たりする。電気も付いているし、本当に寝にくい夜行バスだ。6時にキャタフヤに到着し、そこで、9時半発パムッカレ行きのチケットを買う。3時間も時間を持て余し、ようやく、9時を過ぎて、バスが到着した。僕たちは、それに乗り込んだ。9時半に出発し、パムッカレ村の最寄りの町、デニズリに到着したのは、1時半頃だった。
 
 そこから、ミニバスに乗り込みパムッカレ村へと向かい、2時過ぎにパムッカレ村に到着した。
 早速、僕は石灰棚とヒエラポリスへと向かった。僕は、この日の夜に、カッパドキアに夜行バスで移動する。急いでその景色を見に行かなくてはいけなかった。こんなにも、急いで、こんなにも、焦って、観光するというのは、なにか、失礼な気がしてしまう。

パムッカレ

 パムッカレの石灰棚は、石灰で出来た山のようなものだ。そこに棚田のように、段々に水たまりが出来ている。その水が美しい水色なのだ。
 そして、その石灰棚の上を歩くときは、靴を脱いで裸足で歩かなくてはいけない。このとき、思うのは、自分の足がいかに貧弱で軟弱ものかということだ。いつも靴に守られていて気付かない。こんなにも、裸足で歩くと痛いのか、と気づく。
 少しの、ほんの些細な砂利が転がっているだけで、体重を急いで、踏んだ足の逆足に持って行く。インドなどで、見た裸足で駆け回る子どもや、裸足で、農作業する人のそれと、僕の足はまるで別物なんだと気付く。
 石灰棚を登って行くと、所々に美しい色の水が、ある。僕が写真で見た、パムッカレとは明らかに違った。水が溜まっている場所が、少ない。ソーダアイスのような色の水が、折々の棚田を形成している景色だと思っていた。

パムッカレ (2)
石灰棚
パムッカレ (3)


 観光客の増加によって、湧水が枯れつつある、らしい。水を溜める日と、溜めない日があるとも聞いた。何にしても、今日の石灰棚の水は少ない。

パムッカレの石灰棚は純白で、太陽の光を目一杯反射している。そして、石灰棚の上からは、パムッカレの町が一望でき、周りは畑しかない平原が広がっていた。

パムッカレ (4)


 石灰棚の上には、ヒエラポリスというローマ遺跡がある。もう朽ち果てていて、多くの遺跡は、それが何なのかすら分からない。ただの石の集合体のように見える。一面に草が生い茂り、野花が咲き誇り、石の集合体がある。僕は、決して遺跡が好きな方ではない。それでも、その景色は好きだった。遺跡が好きなのではなく、その景色、その立ち振る舞いが美しくて好きだった。

パムッカレ (5)
ヒエラポリス
パムッカレ (6)


 ヒエラポリスの一番上には、円形劇場が綺麗に残っている。劇場の上の席からの眺めは綺麗だ。劇場の南西には、残雪を被った山が見える。

パムッカレ (7)
円形劇場

 ヒエラポリスを降りて、また靴を脱いで裸足になり、石灰棚を下っていく。行きよりも帰りの方が痛いのは、何故だろうか。それは多分、急いで下りているからなんだな、と思う。ゆっくりと登っている時には感じなかった痛みが、ある。
 石灰で出来た地面を、ゆっくりと踏みしめながら僕は、村へと向かった。


パムッカレ (1)

それでは、皆さん良い日々を!

イスタンブール

04 17, 2010 | トルコ

7 Comments
イスタンブール

 僕は、今トルコのイスタンブールにいます。

 トルコは、アジアとヨーロッパの架け橋だと、言われている。確かにそんな雰囲気が漂っている。街は、ヨーロッパのようにトラムが走り、美しい公園がある。それでも少し奥まった所は、アジアのようにゴミが散乱し、家もオンボロだ。



 イスタンブールの空港に到着し、地下鉄に乗りトラムのある駅まで行く。そこからトラムに乗り、イスタンブールの中心に向かった。走るトラムからは、沢山のモスクが見える。どれも似たような形をしていて、迷った時の目印にはならなさそうだ。
 隣の青年は、おじいさんやおばあさんがいると、サッと席を立ち、席を譲る。そういえば、地下鉄に乗っている時にも同じ光景を見たな。トルコ人は紳士なのかもしれない。 
 
 宿に着き、早速散歩に出かけた。宿の近くにある公園から、ブルーモスクが見える。ブルーモスクの本当の名前は、スルタンアフメット・ジャーミィというらしい。これはすごくカッコいい。

 

 公園がいやに賑わっている。今日は、2010年F1ラリーの開始の日だそうだ。多くのギャラリーが、でかいカメラを持って塀を取り囲んでいた。
 次々に、赤や青のカラフルな車が飛び出して行く。これから、3日間の長い戦いが始まる。そう思うと、関係のない僕も少し緊張する。
 速度を上げて、もしかしたら死んでしまうような戦いだ。3日間も神経を研ぎ澄ませてハンドル、アクセル、ブレーキ、ギアに力を滲ませる。
 僕は、F1には興味がない。でも、生で見ると(スタートのみ)、そういう事を想像することが出来る。実際にみるということは、きっと大事だ。

イスタンブール (4)


 ブルーモスクは、1日に5回のお祈りの時間以外は、自由に入ることが出来る。僕は、お祈りの時間に出かけ、入れない事が判明した。その間に、見事に絨毯屋さんに連れ込まれた。
 日本語が堪能なおじさんと、日本語の喋れないケツアゴのおじさんだ。言葉巧みに僕をお店に連れて行く。いや、彼はお茶を御馳走したい、と言った。2日前にオープンしたばかりだと。僕は、お茶屋さんだと思って行ったのだ。そしたら絨毯屋だった。

 イスタンブールの見所の絨毯屋さんも見学し、ブルーモスクに向かった。ブルーモスクの中は、美しくかった。薄暗いホール、ここがイスラム教徒の聖地で、ここで何万、何千万という人が祈ったと思うとすごいな。ここには、きっと何憶という祈りが詰まっている。きっとすごこエネルギーなんだろうな。

イスタンブール (7)
ブルーモスク
イスタンブール (5)

イスタンブール (6)


  翌日、空は晴れ渡り散歩日和だった。金角湾にかかるガラタ橋の近くには、潮に揺られた船が止まっている。揺れが激しく、船の出発を待っている人は、心なしか気分が悪そうだ。

イスタンブール (1)
金角湾。
イスタンブール (3)
モスク

  日本は、もう新生活の季節なんだな。僕も、新生活のように、急ぎ足だ。でも、急ぎ足と忙しいは違うんだな、と実感する。

イスタンブール


 それでは、皆さん良い日々を!

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