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ラパ・ヌイ

07 06, 2010 | イースター島

4 Comments
ラパ・ヌイ

 僕らは、朝日を見ようと、朝日とモアイを見ようと、7時前に宿を出た。レンタカーは、暗い島を走る。車には、高長夫妻と違う宿に泊っている日本人の方と僕が乗っている。
 7時30分にアフ・トンガリキ、15体のモアイが立っている場所に到着した。少し肌寒くて、風は強い。夏の季節には、15体のモアイ像の真ん中から太陽が上がる、という。冬の今、太陽はモアイ像のずっと東、小高い丘から、昇る。そのため、僕らがアフ・トンガリキに到着したとき、僕らの上の空は、深い青色で、海のずっと向こうの空は、少しだけオレンジ色をしていた。

ラパヌイ

 僕ら4人は、それぞれバラバラの場所に座り、写真を撮り、また座った。周りには、誰もいない。モアイ像の貸し切り状態だ。
 
 次第に、空の色は薄い青色に変わり、海の向こうのオレンジ色が随分と近づいてきそうだ。でも、それを遮るように、雲が広がっていた。
 辺りが明るくなり、太陽の色が濃くなる。それを写しだしたのも、やはり雲だった。雲は薄いオレンジ色から濃いオレンジ色へと色を変えた。モアイの輪郭がどんどんはっきりとする。

ラパヌイ (2)

ラパヌイ (1)

 8時を少し回った頃だろうか、太陽は丘を越えて鮮烈な光をモアイ像に向けて放った。その光はあまりにも眩しくて、モアイの輪郭は僕の中でまたも見えなくなった。
 太陽が地上を照らして、朝の空気を照らした時、太陽は空に虹を作った。2度目、ではあるが、その日の虹もとてもきれいだった。虹は少しだけ輝いて、すぐに消えた。

ラパヌイ (4)

ラパヌイ (3)

 僕らは、そのまま少しモアイやモアイの被っているプカオというものを切り出したプカオ製造工場
である、プナ・パウを見て回った。
 プカオは、赤い帽子ようのようなものだ。高原に赤い石が転がっている。プカオもモアイのサイズに合わせて作られているだろう。プカオ製造工場と、モアイ製造工場は、近くない。それぞれ別々に作られて、別々に運ばれて、モアイの頭にプカオを載せる。
 大きなモアイのプカオはもちろん大きい筈だ。それをどうやって頭に載せたのだろうか。

 プナ・パウを見た後、僕らはラノ・カウという火口湖に向かった。車で、悪路を進む。到着して車を降りると、そこは高台で海が良く見えた。それと同時に強い風が吹き付けた。
 
 ラノ・カウは、カルデラのような場所に、水が張り、その中に小さな島が沢山あるような、そんな姿をしていた。実際にそれは、なんのか。浮き草のようなものなのか、なんなのか。

 ラノ・カウに溜まっている水は、とても濃い色をしていた。黒色にも似た、紺色だ。すぐ近くには真っ青な色をした海が見える。
 相変わらず風は強く、海は凪いでいる。

ラパヌイ (7)
ラノ・カウ
ラパヌイ (8)


 翌日、高永夫妻がイースター島から旅立った。今まで僕が見た中では一番大きなバックパックを背負い、旅立った。

ラパヌイ (9)
高長夫妻。お世話になりました。

 僕はその日、ドラえもんの映画を2本見て、少しだけ涙が出て、宿からは一歩も出ずにその日を終えた。

 僕がイースター島を出る前日、僕は海沿い、タハイのモアイ像を眺めに行った。よく晴れた日だった。青空が美しくて、青い海も白い波もみな美しかった。

 モアイ像は、謎だらけだ。ほとんど分かっていなくて、ほとんど仮説だ。

  僕は、目を付けたモアイの前に座った。

ラパヌイ (5)
アフ・コテリク 彼に載っているのが、プカオ

人々は、お前のことを見て、不思議だ、という。お前は知っているのか。自分自身がなんなのか。それとも、お前も人間のように、自分が何者か考えているのか。
 なんだ、お前も俺も大して変わらないじゃないか。人は、謎だらけだ。仮説だらけだよな。
 
 モアイ像は手をお腹に当てて、どこか遠くを見ていた。

 翌日、僕はイースター島、ラパ・ヌイを出て、サンチャゴへ向かった。
さようならモアイ。

ラパヌイ (6)


それでは、皆さん良い日々を!
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モアイ

07 04, 2010 | イースター島

3 Comments
モアイ

 イースター島に着いて、2日目。朝、目が覚めると、まだ外は暗い。僕はもう一度布団をかぶり直して、時計を見ると、すでに8時少し前だった。
 立ち上がり、カーテンを少し開いて外を覗いてみる。外は間違いなくまだ薄暗くて、僕の時計は7時40分を指していた。
 
 この島は、冬の今、8時ごろに明るくなるようだ。僕は、寒い寒いとまた布団の中にもぐり込んだ。布団の中で天井を見ながら、ボーっとしていると、じんわりと辺りが明るくなりはじめた。それでも、太陽の光は部屋に入り込んでは来ない。今日は曇りのようだ。

 僕は起き上がり、パンを焼いて(トースターで)、朝食を食べる。曇りの日は、少し肌寒い。この日、外はどんよりと重く、お昼を過ぎたころに少しだけ雨が降った。霧雨のような雨が地面を濡らしている。僕はそれを窓の側に仁王立ちして、眺めていた。雨の日に家の中にいられる喜びを噛みしめていた。イースター島に来てまですることではない、のだけれど、僕はそれをしていた。

 次の日、僕は宿が一緒になった高長夫妻と一緒にイースター島を回ることになった。レンタカーを借りて島を回る。僕が思っていたよりもイースター島は広い、というよりもモアイ像はあちこちにある。僕はモアイ像というのは、1つの場所に並んでいるのだと思っていた。それ以上考えようともしなかった。こういうことがよくある。僕はイメージを持って、薄っぺらな情報を持って、それ以上のことは、知らない。モアイ像は、写真で見るものが全てだと、そう思っていたのだ。

DSC_0010.jpg

 レンタカーに乗って、車が宿から一般道に出た。島、唯一の村を出ると、真っ直ぐな道になる。その道を3km程進んだ所で、高長さんが声を上げた。あっ、しまった、と。僕は何事かと思う。どうやらガソリンを入れ忘れたようだ。僕らは、また町に引き返しガソリンを入れて、再度出発した。

 曇り空の下に伸びる真っ直ぐな道を、快調に進む。一度右折して、海沿いの道に出た。海沿いの道と言えば、いかにも快適そうな道を想像する。でもここの道はそうではない。道には定期的に穴が空いていて、それを避けるか、スピードを減速してその穴を乗り越えていかなくてはならない。決して、快適な道ではない。馬が道を横断し、途中から土の道に変わる。
 爽やかな海沿いの道とは、少し違う。海に面した南側は晴れ間が広がっている。それに対して、島の内側北の方は、雲が多く、太陽は雲に隠れたり、顔を出したりを頻繁に繰り返していた。

 アイランドマップを片手に、そこに載っている見どころを見て回る。
 モアイ像が、いくつも海沿いに倒れている場所で車は止まった。モアイ像は全て、前向きに、前のめりに倒れている。男らしい倒れ方、ではある。

モアイ (4)
アフ・アカハンガ

 その場所、アフ・アカハンガを出発して、ラノ・ララクへと向かった。
 このラノ・ララクというのはモアイ像製造工場だ。モアイ像は石山から切り出して作られたという。つまりラノ・ララクは石山だ(多分)。

 ラノ・ララクに入ると、いくつものモアイ像と出逢う。海の方を見て佇むモアイ像、地中にほぼ埋まっているモアイ像、上手に顔だけ出しているモアイ像、顔を斜めに傾げているモアイ像。流石に製造工場というだけのことは、ある。いかにも不思議なものが多い。

モアイ

モアイ (1)
 
 僕は、モアイ像というものが何なのか、それが知りたくてここに来たのでは、ない。ただ立ち尽くすモアイ像に、何だか会いたかったのだ。
 いつの時代だろうか、モアイ像は作るのを中止された。そしていつの時代か、モアイ像は壊され、倒された。そして、今再びモアイ像は立ちつくしている。そんなモアイ像に会いたかった。

モアイ (9)
ラノ・ララク

 僕はこのラノ・ララクをやけに寂しい場所だと感じた。それこそ、ベルトコンベアが止まってしまった工場のような寂しさだ。
 モアイは雨ざらしになり、風化していくのだろうか。地中に埋もれていくのだろうか。

モアイ (2)


 ラノ・ララクを出た僕らは、また車に乗りそこからすぐの、アフ・トンガリキへと向かう。ここは、15体のモアイ像が海に背を向けて立っている場所だ。
 そのモアイは壮大で、広い広い平原の海辺に立っている。モアイの目線の先には山がある。モアイがどこを見ているか、なんて知らないが。

モアイ (5)
アフ・トンガリキ
モアイ (7)

 モアイの前に立って見ると、その大きさがよくわかる。見上げる程に大きく、15体のサイズは正にバラバラだ。
 僕らはモアイ像の前でしばらく見つめ合っていた。モアイの目は窪み、影になり、どこを見ているか全く分からないので、僕は多分、一方的に見つめていたのだろう。
 この壮大なモアイ像から離れて、背を向けて、僕らはまたレンタカー、スズキのジムニーに乗り、島巡りを、もう少しだけ続けた。

モアイ (3)
アフ・ナウナウ 砂に埋もれて、保存状態がいいようです。
モアイ (8)

 島の半分は曇りで、島の半分は晴れている。不思議な天気なのだが、そんなことを気にする必要は、多分ない。この島自体、十分不思議なのだ。

モアイ (6)

 その不思議な天気が、曇った空に、1つポカンと半円形の虹を写していた。

 それでは、みなさん良い日々を!

イースター島

07 02, 2010 | イースター島

4 Comments
イースター島

 絶海の孤島。チリのサンチャゴから、飛行機で西へ西へと5時間30分。見えるのは、ただひたすらに海と雲。それはまるで空を見ているようでもあった。


 早朝に飛び出した飛行機は、昼前にイースター島に到着した。飛行機を降りると、どこか懐かしい空気に包まれた。イースター島はこの時期、雨季だ。じめっとした空気があたりを漂っている。ちょうど日本の6月のような、そんな雰囲気を感じて、僕はなんだか嬉しくなって、日本みたいだなと呟いた。
 僕の体には、日本の空気が染み込んでいるのだと、思い出す。

 空港は極めて小さい。Baggage Claimで荷物を待っていると、日本人の夫妻が話しかけて来た。僕らは同じ宿のようだ。外に出るとネームプレートを持ったおじさんが僕らを出迎えてくれた。こんなことは始めてだ。
 おじさんは忘れていたように、おもむろに僕らの首に花の首飾りをかけてくれた。こんなことも初めてだ。僕らは送迎の車に乗り、宿へと向かった。

 宿で、少し休憩して、散歩に出かけた。その日は、晴れていて青空が美しかった。それ以上に海は深い深い青色だ。

イースター島

 青い海をバックに早くもモアイが1体、2体と海沿いに並んでいる。そこにある、僕が初めて出逢ったモアイ像は風化が進み、思っていたよりも角がなくて、丸みを帯びていた。それでいて、彫りの深い顔は、常に目の部分が影になっている。

イースター島 (1)

 街をぐるりと、回り僕はまた宿へと戻る。街はとても小さくメインストリートを外れると民家が少し並んでいるだけだ。
 宿に帰る道にポインセチアに似た花を付けた木が目についた。それは空に赤い花を写しだしていた。

イースター島 (3)

 宿でソファに座り、おやつを食べながらゴロゴロしていると、太陽がどんどん傾き始めた。僕は、また散歩に出かける。海で夕陽を見るのは随分と久しぶりな気が、する。
海沿いの道を歩く。太陽が僕の影を長く伸ばして、潮風が強く吹いていた。そこら中を馬が歩いている。飼い馬か、野良馬か。馬のタテガミは潮風に揺られている。

イースター島 (4)

イースター島 (2)

イースター島 (6)
モアイ

海岸線沿いに5体のモアイ像が並び、その少し北、2つの場所にモアイが1体ずつ立っている。1体は唯一、目の入ったモアイだ。

太陽は、急速に沈むスピードを速めて、地平線の向こう側に沈む。太陽が沈んだ後も、太陽のオレンジ色の光は、少し時差を作り、沈んでいく。地球が丸いことを強く実感する。

イースター島 (7)

イースター島 (8)

 モアイ像は夕陽を背に浴びている。彼らは一生、夕陽をその彫りの深い顔に浴びることは出来ない。モアイ像は笑いもせずに、沈む夕日、暗くなる空と同様に、少しずつ影を無くし真っ暗な像になる。正に、木偶の坊のようだ。

暗くなった町は、オレンジの街灯に照らされる。帰りにスーパーに寄った。イースター島の物価は本土(チリ)の2倍~3倍位する。
 野菜だけ少し買って宿に戻り、晩ご飯の準備をする。買った野菜を何とか1週間もたせるために少しずつ少しずつ、大切に使う。
 
 外は、急に雨が降り出した。雨季のイースター島ではざーっと雨が急に降る様だ。雨の音を聞きながら、野菜を小さく切って鍋に入れる。妙に幸福な気分になる。

 雨の音が最近好きだ。モアイも今頃はずぶ濡れだ、きっと。彫りの深い目の部分は、傘を差したように、濡れずにいるのだろうか。
 モアイに涙は似合わないな、なんて僕は思う。

イースター島 (5)


 それでは、皆さん良い日々を!

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