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イグアスの滝

08 01, 2010 | アルゼンチン

4 Comments
イグアスの滝

 パラグアイで、この旅に出て初めての風邪をひいて、イグアスの滝へのリベンジが2日も遅れてしまった。毎日、空を眺めて、インターネットの天気予報を何度もチェックした。これで、また雨でも降ってしまったなら、僕の後悔はいつまでも残ってしまったかもしれない。
 そんな思いを抱えながら、天気予報が、今週いっぱいの晴れを表示する度に、ちいさくガッツポーズをする。

 風邪をひいた翌日には、体調もそれなりによくなり、パラグアイを出て、アルゼンチンへと戻った。次の日には、もうイグアスの滝へと行ける。天気予報は、SUNNYだ。
 翌日の朝は、天気予報通り雲ひとつない空に、朝日がほんのりと差し込み、遠くは、少し赤らめた頬っぺのような色をしていた。
 あぁ、良い天気だ。僕は、背伸びをしながら、思う。お風呂に入り、準備をした。外を見ると、先ほどまでは、何もなかった空に雲が忍び寄っていた。僕は、思わず天気予報をもう一度チェックした。自分の目で見ている空が間違いなく真実であるはずなのに、天気予報に頼るなんておかしな話だな、と自分でも思う。天気予報は、SUNNYだった。
 そのうちに、この空に、流れる羊雲はどこかに消えるだろう。僕はそう信じて、イグアスフォール行きのバスに乗り込んだ。

 30分程バスに乗りイグアスの滝へと向かうと、次第に雲はどこかに消えてしまったように、青い空だけが僕らの頭の上には、あった。

 公園に入り、バスに乗る。中間駅まで行き、バスは止まった。そこから歩いて滝へと向かう。前に来た時とは、全く違う温度と雰囲気の中、遊歩道を歩いた。

イグアスの滝 (1)

 太陽が水しぶきを照らしていた。イグアスの滝が見え始めた。それは、大きな丸い虹を、引っ提げていた。滝の出どころの川を隠すよう、そこには木々が広がっている。流れる滝は見えなくなるまで連なり、轟音と共に流れ、遠くでは黒い鳥が悠々と、飛ぶ。

イグアスの滝 (12)

 きっと、この滝は遥か遠くから、雪解け水がいくつもいくつも重なって小川になり、それらはイグアス川へと注がれ、やがて長い長い月日をかけて、激しい轟音の中に流れ、大きな大きなこの滝の一部になるのだろう。もしくは、滝の流れの中ではじかれてしぶきになり、小さな小さな一粒の滴になり、それを太陽は照らして、虹の一部になっているのだろうか。

 流れる川は果てしなく、その営みの何処かが、途切れてしまったなら、この流れもあっけないほどに、途切れてしまうのだろうか。

 滝に近づける場所に行くと、皆、嬉しそうに滝のしぶきを全身に浴びていた。僕はカメラが壊れるのが心配で、少し離れた場所でそれを見る。人々は、ガッツポーズをしていた。文字にならない音を引き連れて、水はそれこそ、淀みなく流れ続けていた。

イグアスの滝 (7)

イグアスの滝 (6)

 その場所を離れて、僕らは悪魔の喉笛へと向かった。中間駅から列車に乗る。前回来た時は雨で震えていた体は、爽やかな風を浴びている。15分程で悪魔の喉笛駅に到着する。

 悪魔の喉笛は、まるで川の真ん中に急にぽっかりと穴が空き、そこに水が全力で注がれているようだった。そこに注がれる水はあまりにも強烈で、水しぶきで滝つぼは、全くもって見えない。それ程に全力で、いくつもの水の束が、また結束を固めてどんどん勢力を増していくように、滝は力強かった。

イグアスの滝 (10)
虹二つ
イグアスの滝 (11)
水しぶき

 僕は、その時1つ、思い出す。
 僕が、昔読んだ記事で、甲本ヒロトはこう言っていた。

ギタリストとしてのピークは、ギターを初めて持ったその瞬間だ。これがギターか、かっけぇぇ!と思った時がそいつのギタリストのピークなんだ、と。

 僕は、今までの少し長いような短いようなこの旅の中で、僕の旅人としてのピークは、はじめにあった、そう思っていた。タイに入って、怯えながら初めて1人で移動して、アユタヤに向かい、そしてアユタヤに着いたその日、僕はレンタル自転車で世界遺産、ワット・マハタートに向かった。
20バーツを払って中に入る。人が少なくて、世界遺産を独り占めにしたような気、がしていた。
 空はオレンジ色に染まり、レンガ色の遺跡は更にオレンジ色に染まっていた。その中で僕は1人、ニヤニヤを止めることはできなかった。
 そこにピークがあったと、思ってきた。その瞬間に僕の旅人としてのピークがあったのだと。でも、もしかしたら違うかもしれない。

イグアスの滝 (4)

イグアスの滝 (9)

 イグアスの滝を見たとき、僕はそんな風に、思った。ピークは、何度でもやってくる。マッターホルンを見て涙を流した時も、モロッコのサハラ砂漠で1人、満天の星空に抱かれて眠った夜も、インドで農村の子どもたちの笑顔と触れ合った時も、遡れば、ラオスのメコン川の上を2日間かけて、移動したあの日々も、もちろん、イグアスの滝を見て鳥肌が止まらなかった時も。

 ピークは突然、急にやってくる。それに対して、自分が、自分自身がどう捉えるか、だ。ピークが最初にあった、なんて言ってしまったら、その後の旅はどうする。自分で線を引いて、そこに僕のピークがあったと言ってしまえば、僕はそこでストップしてしまう。でも本当は違う。ピークなんて最初からなかった。これからも無い。旅が終わったその時に、自分で頂上が見えるんだ。最初から、山頂に下ろされて楽しいのなんて、バックカントリー位だ。
 やっぱり僕は自分の足で登りたいんだ。いくつもの連峰を超えていきたいんだ。そして最後に、あぁ、あの山が一番高かったのかって、そう、言いたい。

イグアスの滝 (2)

 僕はあと僅かしか残っていない、この旅の中でまた山を上って下りる。それでいいんだ。それがいいんだ。

イグアスの滝 (3)
イグアスの滝
イグアスの滝 (8)


それでは、皆さん良い日々を!
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イグアス

07 24, 2010 | アルゼンチン

4 Comments
イグアス

 アルゼンチンとブラジル、それからパラグアイの国境の近く。そこにイグアスの滝はある。ブエノスアイレスから、プエルト・イグアスまでバスで、16時間。ブエノスアイレスは、しばらく晴れの予報で、プエルト・イグアスは雨予報だった。
 バスで5、6時間走った頃に、外の天気はがらりと変わった。そこに天気の境目があったのだろう。

 翌日の昼過ぎに、プエルト・イグアスに到着した。天気は、悪い。

 僕が、この旅に出る前に一番楽しみなのは何処か、と聞かれればイグアスの滝、と言っていた。
 つまり、地球上で一番見たかったものだった。

 次の日は、雨だった。

 僕らは、9時過ぎのシャトルバスに乗り、イグアスの滝へと向かう。30分程でイグアスの滝のセントラルセンターに到着した。チケット売り場に入ると、雨が強くなった。少し値上がりしたチケットを購入して、僕らは園内に入る。
 雨の中を、ハナグマが急ぎ足で歩いていた。

iguazu (1)
イグアス川

 国立公園内のトレインに乗って、出発を待っていると、雨は俄然強くなった。吹き付けるように、打ち付けるように、雨は降る。トレインと言っても、野ざらし、雨ざらしの遊園地にあるような、列車だ。つまり、雨風が席まで侵入してくるのだ。僕の気持は、少し下がり目だった。冷えていく手と足先を気にしながら出発を、待つ。
出発のベルが鳴り、観客は、指笛をならして喜んだ。僕は下を向いて雨風を避けるように乗客の歓喜の声を聞いていた。その音を、降り続く雨が少しシャットダウンしている。
 
 途中の駅で、乗り換えて一番奥の悪魔の喉笛へと向かった。駅に到着すると、雨は止んだ。雲が流れて、晴れ間が見える、そんな雨上がりでは間違いなく、そこにある雲はすぐにでも大粒の雨を降らせるだろう。
 遊歩道を歩いて、滝へと向かった。世界最大の滝の音は、まだ聞こえない。
 遊歩道は、雨に濡れて少し滑りやすくなっていた。

iguazu (4)

 滝の音が聞こえる、と同時に滝の姿が見えた。
 ものすごい量の水が、滝つぼへと落ちる。
 
iguazu (2)


 鳥肌が体の中にまで立ちそうだ。いや、実際にたっていたかもしれない。
 雨のイグアスの滝を見た僕は、晴れた日のイグアスの滝を見ると、誓う。だから、滝の感想は、これくらいに。

iguazu (3)
悪魔の喉笛

 その日は、早々にイグアスの滝を出て、パラグアイへと向かった。夜の7時頃にパラグアイにある日本人移住地のイグアス移住地(41km地点)に到着した。何もない、ガソリンスタンドの前で着いたぞ、と言われ、僕らはバスを降りた。

 宿が、分からない。

 ガソリンスタンドに向かい、スペイン語で、どこですかは何だっけ、なんて考えた。口の中でオラ・ドンデ・エスタ、なんて呟く。ガソリンスタンドの従業員に近づいて、僕がオラ、なんて間抜けな声を出そうとしたら、あぁどーも、という声が聞こえた。何かお困りですか?なんて久しぶりに聞いた。
すでに、ここは日本だ。そんな空気が漂っていた。

iguazu (5)

 宿に着くと、玄関口には短冊がおいてある。きっと片付けるのが面倒なのだろう。七夕からは、もう10日ばかり過ぎていた。でも、その日の夜空は、明日はよく晴れるんだろうな、なんて思わせてくれる、そんな夜空だった。

iguazu.jpg
ペンション園田

イグアスの滝は、必ず晴れた日リベンジするので、少々お待ちを~。

 それでは、みなさん良い日々を!

エムアンドエムズ

07 21, 2010 | アルゼンチン

2 Comments
エムアンドエムズ

 僕が、ブエノスアイレスでのんびりしていたのには、少しだけ訳があった。今からちょうど1カ月前、一緒にマチュピチュに行った祐平さんと再会するため、だ。
 7月10日にブエノス集合で、そう言って、僕らはペルーのクスコで別れた。そこから、僕はチリへと向かい、祐平さんはボリビアへと、向かった。

R0015988.jpg
マチュピチュにて

 7月14日、無事に明日ブエノスアイレスに着きそうです、とメールをもらった。約束からは、少しだけ、違うけれど、それぞれの旅であって、そんなことはどうでもよかった。僕らは、ペルーのストライキによって、マチュピチュ村から82km地点まで歩く羽目になった時に、一緒にタンシチュー食いたいですねー、と言い合っていた。それで気分を盛り上げながら(もちろんその話だけではない)、8時間近く線路の上を歩いた。空想のタンシチューから思い出のタンシチューに、変える。これが大切だ。

 15日、僕が泊っている宿は満室で、祐平さんは違う宿に泊ることになった。僕はその翌日に、祐平さんに会いに、その宿へと向かう。地下鉄に乗って、最寄りの駅から少しだけ歩いた。
 大きな高速道路のような5月25日通りを右手に見ながら、歩く。

mANd
アルゼンチンは、黄色が進め。

 宿に着いて、お久しぶりです、と僕らは再会して、照れ笑いのようなものを浮かべた。買出しに行って、タンシチューに必要な物を買う。もちろん必需品のタンを買わなくてはならない。初めて、そのままのタンを見た。それは、思っていたよりも、タンだった。気持ち悪い、というのが、僕の中で素直で、一番それに近い表現に思えた。

MandMs.jpg
すいません。

 タンを2本(800円)買い、スーパーで、野菜や調味料を買って、いざタンを捌く。祐平さんが、タンをテーブルに叩きつけて(そうするようだ)、タンを更に伸ばして、捌き始めた。
僕はというと、ひたすらに小麦粉を焦げないように、炒め続けた。地味な作業だ。地味なうえに、地味に時間がかかる。
タンを野菜と共に、3時間、煮込む。昼ごはんを食べに来たつもりだったが、既に夕ご飯になりそうな気配が漂っている。
煮込んでいる間は、美味しんぼを熟読した。煮込み始めて1時間30分が経った頃、祐平さんが、お腹すいたでしょ、俺が何か適当に作るよ、と言って、キッチンに消えた。
 それから、少ししてキッチンに行くと、祐平さんはピタパンの具を作っていた。そして、パンを温めて準備万端だ。居間に運んで、ピタパンを食べる

 食べ終わって少し美味しんぼを読んで山岡さんが栗田さんにプロポーズをしたころ、タンシチューが出来上がった。

 僕らは、なんとも複雑な腹具合のままタンシチューを皿によそった。
 タンシチューは、もちろん美味しかった。ただ、複雑な腹具合が邪魔をする。これは、完全に僕らの作戦ミスだ。前半に飛ばし過ぎてしまった。
 何はともあれ、僕らの幻想のタンシチューは、思い出のタンシチューに、変わった。それで僕は、満足だった。

MandMs (2)
タンシチュー
MandMs (1)
タン塩

 次の日、余った食材を使い切るために、昼ごはんにトマトソースのパスタを作った。ここ数日空腹、というものを忘れてしまいそうだった。完全に僕の胃は、連日の肉アタックでかなり痛んでいる。
 夕飯は、またもタンだった。その日は、サンチャゴからブエノス行きのバスが一緒だったゆうきさんが、タンを食べようと、誘って下さり、僕がタンを捌いて、タン塩にして、食べた。その日はずっとお腹がすかなかった。でも、やはりタン塩は、旨い。これは間違いない。

 その日の夜8時30分のバスで、僕はプエルト・イグアスへと向かう。ご飯を食べたら慌ただしく、準備をして、宿の人々に挨拶をして、皆に見送ってもらった。一緒のバスの方と3人で、バス停へと歩く。

MandMs (3)
宿の皆さん。出逢いに感謝です。

 出発の時刻に、バスは、バスターミナルに到着した。胸ポケットから切符を取りだそうとすると、違うものが出てきた。M&M‘s(僕の大好物のチョコ)2つと、少しの文字でつづられた手紙だ。

 ありがとう、と書かれた手紙はゆうきさんからだった。

 アルゼンチンは、真冬の真っただ中にいて、僕もその中に立っていた。でも、そういう優しさは、体を温めてくれた。真冬の真ん中にいて、雪の中から僕は花を見つけた、そんな気分になった。これは、少し大げさな言い方だ。
でも、あえて言うならその花は、黄色(ピーナッツ入りチョコ)と茶色(普通のチョコ)をしていた。とても、旨そうだ。

MandMs (4)
※男性です。
 
ゆうきさん、祐平さんありがとー!!んっ?、これじゃY&Y'sだな。

 それでは、皆さん良い日々を!

Zoo Lujan

07 19, 2010 | アルゼンチン

2 Comments
Zoo Lujan

ブエノスアイレスから、バスで2時間程走った所に、Zoo Lujan(スー・ルハン)という動物園がある。ここでは、トラやライオンに触れる、という。僕は、ライオンやトラに触りたいなんて一度だって思ったことがない。でも、それに触れるなら、触ってみてもいいかもしれない。もちろん、触らなくても何の問題もない。

 今回の宿で、3度目の再会を果たした翔さんにその場所お薦めされ、僕は行ってみることにした。
翔さんと最初に出会ったのは、インドのコルカタだった。この時、僕は旅に出て3カ月伸びっぱなしだった髪の毛を切ってもらったのだ。それから更に3カ月後、モロッコのマラケシュの宿で偶然の再会を果たした。その時も、僕の髪の毛は伸び放題だった。しかし、あの暑い暑いモロッコで散髪用のポンチョを被るのが面倒で、それに少し急いでいたのもあって、その時は切ってもらわなかった。それから、更に1カ月。ここブエノスアイレスで3度目の再会をしたのだ。

Zoo Lujan (9)
2度目の散髪中(最初の散髪記事)

 もちろん、髪の毛を切ってもらった。4か月以上伸ばしっぱなしになっていた、髪の毛を。
翔さんは、えりあしバッサリいっちゃっていいっすか?と尋ねる。僕は、良いっすよー、と返事を返した。

 その結果。僕はボブになった、ようだ。そう、ボブカットに。もちろんえりあしはバッサリいっちゃている。

 ボブになった僕は、宿の方と一緒にZoo Lujanへと向かった。地下鉄のプラザ・デ・イタリア駅から、バスに乗る。シートは、何年もの間、何人ものお尻を支えてきました、という顔でそこに落ち着いている。叩けばいくらでも埃が出てきそうな、そんなシートだ。窓から差し込む光が車内の塵を、そこにあるものに、した。
 それは、少しだけ輝いているようにも見える。
 それは、吸い込みたくなくて一瞬、僕の息を止めさせてしまうものにも見える。

 バスに乗って丁度2時間が経ち、バスは、目的地のバススタンドに到着した。子供連れの夫婦が1組と、ブラジル人の夫妻が1組と、僕らがその場所で降りた。この、まだ1歳に満たない子供も子トラか子ライオンと触れ合い、それを夫婦は写真か動画に収めるのかと思うと、何だか妙な幸福感が溢れた。

看板に向かって歩いて行くと、小じんまりとした看板に、小じんまりとした入り口の動物園が見えた。入り口で、チケットを買って、どこから入るのか思っていると、完全にロープで塞がれている道の端をロープをくぐって人々は入場する。

 動物園は、想像していたものとは、少しだけ違った。入るとすぐ左手に、リャマやラクダ、ブタ、アヒルにウサギが、ざっくばらんに生活をしている。
 
Zoo Lujan

 その奥の囲いには、山羊がいて、その前の囲いには、小さいプールがあって、3頭のアシカがその小さいプールを物凄いスピードで周遊している。自由な動物園だ。

Zoo Lujan (1)
アシカ
Zoo Lujan (3)
絨毯のようなトラ

 馬とロバと牛が放牧されている場所で、ロバのモフモフの毛を触っていると、今まで聞いたことのない声を聞いた。
ライオンだ。

 僕は、今までライオンを見たことがないかも知れない。もしかしたらあるかもしれない。でも、覚えてないので、見ていないことにした。

 ライオンの声に、僕は度肝を抜かれた。ライオンの声は、ガオォー、なんかじゃない。グオォー、なんかでもなかった。決して、文字にはならないような声をしていた。
そして、声が何重にも聞こえる、気がする。ガオーだとか、グオーだとか、そんなものを超えた、音、がそこにはあった。
 ライオンを見たことがある人からしたら、今更何を騒いでいるのかと、思われるかもしれない。でも、これが旅、なんだと改めて実感したのだ。

 ライオンの声を聞いたことのない人間に、ライオンの声は決して分からない。それだけのこと。それだけのことに、僕は非道く感動した。

Zoo Lujan (8)
ライオン

 ライオンは、二重の檻の中で暮らしていた。5、6頭の雄と雌が暮らしている。僕には、決して真似することが出来ない声を出しているライオンは、遠くを見つめるように、立ち尽くしていた。ライオンは格好いいんだな、と僕は思う。タテガミも、猫をそのまま大きくしたような口鼻も、意外と丸い目も、あぁ、これがライオンか、と思わせてくれた。ライオンでこんなにもテンションが上がるなんて、思ってもみなかった。

Zoo Lujan (6)
園内には、訳の分からない乗り物が沢山ある。これはこれで、カッコいい。
Zoo Lujan (7)


 ひとしきりライオンに、興奮した後、僕らは子ライオンを触りに行った。子ライオンは子猫の15倍、親猫の1.75倍、柴犬生後11カ月そのものぐらいの大きさだ。多くの人々に抱っこされてきたであろう子ライオンは、既に疲れ切った顔をしていた。僕は、子ライオンを抱っこする。思っていたよりも軽くて、思ったよりも毛はフサフサしていた。疲れ切った子ライオンは、なんの抵抗もなく、僕の腕に抱かれて、また飼育係さんの腕に戻っていった。

Zoo Lujan (4)
子ライオン

 その、風貌は、あそこでしきりに吠える、ライオンになるなんて思えない。僕らは檻を出て、次の動物を見るために、分かりにくいマップを頼りに、園内を歩く。

ライオンは、すさまじい“音“を出している。人々は、なんだなんだ、と檻の周りに集まった。人が集まったのを見て、百獣の王ライオンは、よしよしと、吠えるのを辞めた。寂しがりなライオンだ。

僕らは、遠くのような近くのような、そんなライオンの不思議な音を聞きながら、カピバラを探しに行った。

Zoo Lujan (5)
カピバラ

それでは、皆さん良い日々を!

ブエノスアイレス

07 17, 2010 | アルゼンチン

4 Comments
ブエノスアイレス

 ブエノスアイレスに来て、何日が過ぎたろうか。そんな、時間の間隔だった。毎日ゆっくりとしたペースで、一日を過ごして、ご飯だけに情熱をかけていた。
 7月11日に、W杯のオランダ対スペイン戦が行われ、120分の激闘の末にスペインが優勝した、ようだ。

 僕は、その試合を見なかった。宿にいた人は全員、もれなくテレビの前にいたし、パブリックビューイングに見に行った人たちも少なくない。
 僕だけ、ベットに座っていた。ベットに座って、インターネットで試合の経過を淡々と中継するサイトを開いて、たまに覗いて、0-0か、と呟いた。

 ワールドカップは、素晴らしい。僕は純粋にそう思った。日本はパラグアイにPKの末に敗れた。選手たちは、フィールドにうずくまるように、祈った。観客は、きっと天を仰いで、祈った。

 その姿に僕は一番感動したのだ。残念なお知らせは、僕が見たのは再放送だった、ということだ。皆と同じタイミングではなかったし、結果も分かっていた。それでも、僕は感動した。
 もし、生まれ変わったならサッカー選手になりたいな、なんて思ったかもしれない。
 もし、人生がやり直せるなら、何かスポーツを真剣に、何処までも真っ直ぐに、やってみたかった、なんて思ったかもしれない。

ブエノスアイレス


 でも、それは無理な話だ。
 今の僕は、今の僕でしかない。

生まれ変わったら、多分次は、大根かせいぜいホウレンソウ辺りだ。とてもじゃないが、サッカー選手には、なれそうにない。
 だから、僕はこれから頑張るしかない。何かをサッカー選手に負けないくらい頑張れば、いいじゃないか。もちろんサッカーだってありだ。今から始めればもしかしたら2018年のワールドカップに出れるかも知れない。もちろん審判か、ボールボーイだが。

 その次の日に、僕は観光に出掛けた。人はパンだけで生きているわけではない、と思った。ご飯を食べることはとても幸福なことだが、それだけではダメな気がしたのだ。

 向かったのは、世界で2番目に美しい本屋だ。キャッチフレーズが既に、的外れな気がする。宿から、大通りを歩いて、20分程で本屋に、到着した。もとは劇場だったようだ。中は広くて、円形のホールのように、なっている。多分沢山の歌手やダンサーが踊ったステージは、今はカフェになっている。その場所は、生まれ変わった。
 劇場は劇場じゃなくなり、映画館になった。その映画館は今、本屋になった。そうやって、生まれ変わってきた。僕らとは、少しだけ違う。

ブエノスアイレス (3)
El Ateneo Grand Splendid 世界で二番目
ブエノスアイレス (2)

 本屋を出ると、冬の冷たい風が街を吹き抜けている。キンと、顔を冷やしていく。僕は肩をすくめた。寒いと、肩をすくめてしまうのは、やっぱり首が寒いからかな。それともカメに何処かで憧れているのかな。じゃあ、生まれ変わったら、もしかしたらカメになれるかもしれない。

 僕は、その足でレコレータ地区にあるレコレータ墓地に向かった。ここには、数々の有名人の墓があるらしい。そこは、墓と言うよりも小さな家の集合住宅地、に見える。ただ、十字架と、天使がやけに多いが。
 ここで、安らかに眠っている、のだろう。それとも、もう彼らは、ホウレンソウにでもなったろうか。

ブエノスアイレス (6)
レコレータ墓地
ブエノスアイレス (7)

さっきまで、晴れていた空に、雲が覆っている。寒くなった僕は、墓地を出た。僕は、その日何となく、何となくではあるが、少し生まれ変わった気がした。
 冷たい空気に生かされて、残りの旅を楽しむために。最後の日に、空港で天を仰がないように。
 僕は、スーパーによって、ホウレンソウと肉を、買って帰った。それは、とても旨かった。
 
ブエノスアイレス (5)
それらは、旨かった!
ブエノスアイレス (1)


 それでは、皆さん良い日々を!

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