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ラオスのキムさん

02 06, 2010 | ラオス

7 Comments
ラオスのキムさん

僕は今、ベトナムのホイアンにおります。

 ラオスは、ネット環境が悪く、載せることが出来なかったことを、少しまとめておきます。

 僕がパクセーに着いた朝、バス停から一緒にトゥクトゥクに乗っていた韓国人のキムさんと出会った。そこで、宿をシェアすることになり、一緒に朝ごはんを食べた。そのときに、むしろ出会った時から、「ワットプーフェスティバル!ワットプーフェスティバル!」とうるさかった。僕がどこか、と尋ねるとキムさんは、「しっくすキロミター」と言う。
 僕は「じゃあ、僕も行きますよ」と言った。それが、失敗だった。トゥクトゥクのおじさんに聞いたら「300000kip(日本円で3500円くらい)だ」と言われ、僕は高いと思ったが、キムさんは30000kipと聞き間違えているらしく、「うん、チープチープ」と嬉しそうにしている。僕が30万kipですよ、と教えると顔色が変わり、すっかりしぼんでいた。 そもそも、6kmではなく、60kmだったのだ。
どうしても、行きたいというおじさんが可哀そうに思えて、僕はレンタルバイクを借りた。これも、失敗だった。

 1時間半ほどバイクで走り、川をボートに乗って渡り、舗装されていない、道をひたすら走る。その道の砂嵐はひどく、僕は前に乗っているため、もろに砂嵐を顔全面で受け止めていた。ふと後ろを振り返ると、キムさんは、サングラスにマスクの完全防備だ。それ、是非下さい・・・。

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 ワットプーには昼頃到着した。祭りというよりは、後の祭りと言った感じで、そこら中がゴミだらけだ。ワットプーは世界遺産なのだが、そこら中ゴミだらけ。激しく散乱するゴミ、ゴミの中からペットボトルだけを拾う子どもたち、遺跡の柱で日除けをしながら、物乞いをする子どもたち。
 ペットボトルを拾うとお金になるのかな。リサイクルっていうやつかな。

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 ここらへんには、ゴミをゴミ箱に捨てる、という習慣がないのか、それとも沢山の外国人がやってきて、ゴミをまき散らして帰ったのか。多分両方だな、と僕は感じた。それでも、僕はゴミがそこら中に捨ててあることを不快に思い、自分のゴミだけでも、ゴミ箱に捨てたい。そう思える自分を誇りに思う。
 柱の陰で物乞いをしている子供たちの手元に置かれた皿には500kipも入っては、いない。子ども達も座っているだけで、何も言わない。消極的な物乞いと言える。たまに、ねだるように、手を合わせてぶつぶつ言っているだけで、彼らは何も、言わない。僕には逆にそれが辛い。こいつらは何を考えている。人は話しているときは、あまり物事を考えない。でも、黙っている間は、多くのことを考えることが出来る。だから、彼らは黙っている時間があまりにも長い。今、君は何を思う?

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 そのあとも、僕は散々キムさんに振りまわされた。キムさんが、ちょっと待って、というと大抵20分は待たされる。一番長いところでは、2時間近く帰ってこなかった。
 2時間後に帰って来て、なにを言うかと思えば、「ここは、夜になるとキャンドルがとてもきれいらしい。夜まで待とう」。僕は言葉を失った。夜まで・・・。
 一応「バイクを9時までに返さなきゃいけない」と言ってみたが、キムさんは「オーケー」の一点張り。僕は負けじと「ノー!プログレム」

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 暗くなり、キャンドルが灯された。でも、時間はない。僕らはバイクに乗り、走りだした。それでも、キムさんがストップと何度も言い、僕は待たされる。まるで、ただの運転手だな。

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 帰り道、キムさんは違う道でも帰れるといった。僕は嫌だった。でも、キムさんは何だか偉そうに、少し苛立ちながら指示をする。なんなんだ、と思いながら僕らはその道を走る。凸凹で未舗装の道を。30分くらい走ったところで、キムさんが「やっぱり引き返そう」と言った時には心底驚いた。
 このおっさんは何を言っているんだ。
引き返して、ボートに乗った時、彼は疲れ果てた僕に向かって、「どうして、あっちの道に行ったんだ」と言いのけた。
 僕が「このキム公が!」と思ったことは、言うまでもない。


 次の日の朝に別れて、僕はものすごい幸福感に包まれていた。そして、また次の日、僕はドン・デット島へ向かった。そこで、僕が重い荷物を担いで宿を探していると、前から変な自転車に乗ったおじさんが。うん。もちろんキム公だよ。
「ユージ!」と近づくキムさん。「宿は何処だ。そうかまだか、じゃあ俺がリトル・エデンのNo.3に泊まっているから、そこでルームシェアしよう。オーケー?」
「オーケー・・・。」
 そして、僕は彼の自転車を見送り、次に見つけた宿にチェックインした。だって、重い荷物を持って6㎞くらい歩いたあとだったんだから、リトル・エデンを探す気にはなれなかった。それにそこが僕にとってエデンだとはとても思えなかった。キムさんと僕とで、アダムとイブだなんて、嫌すぎる。それが例えリトルだったとしても。

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 それでは、みなさん良い日々を。

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02 03, 2010 | ラオス

5 Comments


 僕はこれから、ベトナムへ向かいます。ボロボロのエアコンも付いていないバスで19時間・・・。
僕は、この2日間ドン・デットいう島でのんびりしていた。島と言ってもメコン川に浮かぶ島だ。このへんの話は、またまとめて載せます。
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 これは、少し前の話だ。僕が、タイを出てルアンパバーンに向かうスローボートの中。風が気持ちよく、流れる景色は雄大で、I podから流れる音楽が心地よかった。周りは西洋人だらけ。聞こえてくる言葉は英語かフランス語かイタリア語にドイツ語、それからラオス語。他にもあるかもしれないけど、フランス語とクロアチア語の区別なんて僕にはつかない。
 そのとき、ふと思った。人は生まれたところの言葉を話すんだな、と。そして生まれたところで色んなことが決まるんだな、と。それがどうした。
 日本で、鶏の鳴き声はコケコッコー、犬はわんわん。英語だと鶏はcock-a-doodle-doo、犬はbow bowだ。日本で、虹は7色だ。でもアメリカでは6色だと聞いたことがある。それがどうした。

 僕らは生れて成長していくなかで、そういうものだと思っていく。そういう風に聞こえ、見えるようになっていくんじゃないのか。
何も知らずに鶏の鳴き声を聞いたら僕には何と聞こえるのだろうか。それはもう、分からない。もしかしたらコケコッコーじゃなかったかもしれない。
何も知らずに虹をみたら、僕はきっと、それが何色か、なんて数えない。

旅は多分、これだ。

新しい、見たこともない、聞いたこともないことを、自分の感性で、感じる。
虹が何色に見えるのか、それが旅、なんじゃないか。
鶏がなんて鳴くのか、それが旅、なんじゃないのか。

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 自分が目撃者になるんだ。自分の五感で、六感で。 それが、旅だ。
僕はそう感じた。風をやんわりと切り裂き、メコン川の流れにのってゆっくりと下るスローボートのその中で。
 これからも旅は続き、僕のなかでこれは、変わっていく、かもしれない。でも今はそう思う。

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                      それでは、皆さん良い日々を。

パクセー

01 31, 2010 | ラオス

6 Comments
ラオス

 今僕は、ラオスの南部パクセーにおります。ラオスは本当にネット環境がよくなくて、驚きますね。

 ルアンパバーンにゆっくりするつもりだったのだが、インドビザ取得のためにベトナムホーチミンに行かなくてはいけなくなり、いそいそとまた僕は動き出しました。
 
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ルアンパバーンの町並み

 ルアンパバーンのキャッチフレーズは「古都ルアンパバーン」なのだが、最近はめっきり奇麗な町になったようだ。至る所にオープンテラスの店があり、洋食屋がある。イメージと違うのは多分僕のエゴだ。
 このルアンパバーンは托鉢がとても有名だ。托鉢とは、僧呂が朝に壺(のようなもの)を持ち、各寺ごとに並んで歩き、そこに人々がお供え物(ようなもの)を入れていく。というシステムだ。それを、僧侶たちが食べているかは、知らない。この托鉢も、まるで見せ物みたいに、朝からお供えしている人よりも遥かに多い旅行者がカメラを構えている。朝の薄暗さをかき消すように、フラッシュの光があちらこちらで光っている。中には道を塞いで写真を撮っている人までいる。多分その写真は彼らのベストショットになったんだろうな。

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 ルアンパバーンから、30kmほど離れた場所にタートクアンシーの滝がある。これは、めちゃくちゃ美しいんだ。水がエメラルドグリーンで、透けている。でも生き物はあまりいない。泳いでも良いらしいのだが、僕にはあまりにも勿体ないような気がしてならなかった。
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 そして、ここから怒涛の大移動。ルアンパバーンを夜8時半に出発。いわゆる夜行バスというやつなのだが、めちゃくちゃ狭い。しかも、不運にも僕の席と横のふとっちょの席だけノーリクライニング!ほぼ90度。しかも前の奴は倒してくるから、狭さがえらいことになりました。
 ラオスはすごい。トイレ休憩もトイレじゃないんだ。自然いっぱいの場所に止まって、「さぁトイレ休憩だ。」男性も女性もみんな大自然にダイブだね。
 夜中の1時頃、いきなり大爆発音。ドーンっ!! それでも、バスは止まらない。何だ何だと周りを見ると、後ろから煙が出てる。ストップ!ストップ!と気の触れたように、何人かが叫ぶ。それでもバスは止まらない。これは、すごいなと感心した。バスはようやく止まり、点検したら、バスのデカイタイヤにでかい穴が空いている。どうやったらあのタイヤがパンクするのか是非教えてほしい。
 そのときは夜中だったし、僕は本当に生きているのだろうか、とふと思った。実は死んでいるじゃないのかって。その感じがとても不思議だった。多分、異空間ってやつ、なんだな。僕は、生きている、そう拳を強く握った。

 無事にラオスの首都ビエンチャンに到着して思った、これは津市よりも小さい首都だと。ラオスすごい。その足で少し観光して、夜行バスでパクセーへ向かった。このバスは寝台バスだったため、僕は到着するまでずっと寝ていた。例え両側5㎝以内におじいさんと身長190センチのアメリカンボーイが寝ていようとも。この2日間の移動はまさに怒涛。何km移動したんだろ?
 そしてパクセーに着いて今度は50歳くらいの韓国人キムさんと部屋をシェアすることに。このキムさんは中々厄介だったのだが、その話はまた次に。

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アジアの凱旋門バトゥーサイ

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金ピカ タートル・アン

 そして、今は一人の幸せを噛みしめているところ。

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でも、こんな2人もいいよね。

  それでは、みなさん良い日々を。
 

ラオス イン!

01 27, 2010 | ラオス

10 Comments
ラオス イン

 今、僕はラオスの世界遺産都市ルアンパバーンに来ております。


 チェンマイからバスに揺られ、いや揺すられ(本当に若干飛び跳ねてた)チェンコーンまで7時間。ボーダーまで汗だくで歩いて行き、ボートで国境を越えてラオスに入った。そこで1泊し、スローボートに乗り込み、1日7時間ほどメコン川を下り、2日かけて辿りついたのがここ、ルアンパバーン。
 ボートは退屈ではあったが、流れる景色が美しく、退屈でも嫌な退屈では無かった。牛が川辺を歩き(野生の牛っているのかな)、村人たちが釣りをしたり、漁をしている。メコン川はとても汚い。それでも子供たちは川で泳ぎまわり、母親たちは洗濯をしている。今の僕は汚い川で泳ぐことなんて、絶対にしない。洗濯さえ、しないだろう。それでも、ラオスの人々は川で遊び、川で魚を捕り、川で洗濯をする。それはきっと、生きることなんだろうな。そう、思う。メコン川の存在は多分、生きること、なんだろうな。

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 スローボートを降りたところで、韓国人のミョンハンに声をかけられ部屋をシェアすることになった。ルアンパバーンは今まで滞在したラオスの町からするとかなり都会だ。それでも田舎で、ラオスってすごいなと思う。移動が長かったので、少しだけのんびりしてこうかなとおもいます。

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 それでは、皆さん良い日々を!

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