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プレアヴィヒア

02 28, 2010 | カンボジア

1 Comments
プレアヴィヒア

 旅に出て、50日。また、スタート地点のバンコク、カオサンストリートに帰って来ました。

 旅に出て49日目、カンボジアのもう一つの世界遺産である、ブリアビヘアへ。
 朝の6時、宿のロビーに集合。今回は日本人が12人も集まり、大きめのバンを借りて260km離れた、タイとの国境にそびえ立つプリアヴィヒアへ向かった。
 片道4時間半。前半の2時間は、舗装された道を快調に走っていく。その後は、赤土のボコボコの道を走っていく。時にお尻が飛び跳ね、ガタガタと穴掘り機のような振動を感じながら、進んでいく。まるで、アトラクションのように。



 山の麓にある、一軒の食堂に到着した。そこでお弁当をチャーターする。「フライドライスwithチキン」なら、出来る、と言われ、頼みもしないのに、彼らは生きた鶏を一匹、足を鷲掴みにしながらやってきた。一人前2ドルと言われ、ケチな日本人の僕たちは、「安くして」と、要求する。彼らは相談には応じてくれなかった。彼らの強みは、食堂はここにしかない、ということだ。
 でも、バイタク現地人の一人がイイヤツだった。「1ドル50セントで、弁当を作ってくれるところを知っている。」そう、言ってそこに連れって行ってくれた(僕ではなく、カズさんと黒沢さんを)。
 そして、カズさん達の努力によって、僕らはお弁当を5000リエル(1ドル25セント)で手に入れた。

 僕らの為に連れて来られた、一匹の鶏は、知らない間に捌かれて、鶏肉になっていた。

 そこから、日産のピックアックトラックに乗り換えて、急勾配な坂道をグングン登っていく。後ろには、カンボジアの平原が広がっていた。標高を500m程上げて、僕らはプリアヴィヒアに到着した。

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 世界遺産の石段の上で、先ほどのお弁当を、皆で食べる。風に吹かれてさ。

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 周囲には、カンボジアのアーミーが沢山、いる。ここは、タイとの国境にあり、世界遺産の登録によって、カンボジアとタイがプリアヴィヒアをめぐって銃撃戦を繰り広げた。それは、2008年の話だ。  
ここからも、見える。タイ軍のキャンプ地が。今でも威嚇射撃が行われている。それにより、今でもここには、多くの兵隊がいる。デカイ銃を、脇に置いて。

 お昼ごはんを美味しく頂き、山の頂にあるプリアビヘアを登っていく。荒廃した遺跡を抜けて、左手を見ると、そこには、タイとカンボジアの国境線である、赤土の道が眼下に見える。遠くの空は、薄い膜のように広がる空気によって、見えない。でも、果てしなく向こうまで、平原が広がっていることが分かる。

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プリアヴィヒア遺跡
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左下から延びる赤い道。左がタイで、右がカンボジア


 美しい、とても。

遺跡が何故、こんな山の上に建っているのか。これが、答えなんだ。そう、思った。

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 遺跡を下り、入口に向かった。入口はタイ側に伸びている。そこには、カンボジアのアーミーキャンプがある。彼らは、とてもフレンドリーだ。3、4人の軍人が、ガイドしてくれた。タイとの国境には、人が入れないように鉄線が、ぐじゃぐじゃと重なっている。

 そのあと、塹壕を見せてくれたり、本物の銃を持たしてくれたりと、まるで、ツアーのようにガイドをしてくれる。彼らには、まるで緊張感が足りない。地面には、トランプが散乱しており、彼らは多分、カードゲームに精を出している。
 実際に何人もトランプをしていた。やっぱり、軍人はポーカーをやってるのかな。

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これ、めちゃくちゃ重い。やはり、ランボーの腕力は尋常じゃないことが分かった。


 軍人に見送られ、僕らはプリアヴィヒアを後にした。急勾配の道を、下っていく。帰り道、午後6時頃、真っ赤に燃えるような太陽が、地平線の向こう、雲の向こう側に沈んでく。


 宿に帰り着き、またいそいそと準備を始める。今夜はバーベキューだ。名付けて「カズスペシャル。」

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 11人の1人旅の旅人が偶然、日にちと場所が一致して、1人じゃなくなる。そこに。2人のカップルを合わせて13人が、出会う。
 「カズスペシャル」は本当に、カズさんが、奔走してくれました。お疲れ様です、ありがとうございます。そして、皆さまスペシャルな日をありがとうございました。

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 それでは、皆さん良い日々を。
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ベンメリア

02 26, 2010 | カンボジア

6 Comments
ベンメリア

 シェムリアップに来て、1週間が経過してしまいました。もうすぐ、僕の旅の出発地バンコクへ帰ります。

 カンボジアで、日本人にアンコールワットに並び人気の遺跡がある。それが、ベンメリアだ。ベンメリアは、「天空の城ラピュタ」に似ている、らしい。ラピュタっぽいという発言を幾度となく聞いてい
た。
 僕は、またも迷っていた。遺跡だからだ。でもラピュタっぽいんだ。それは行っておいたほうがいいんじゃないのか。
 出発の前日、「明日、行くなら8時にロビーに集合。いなかったら、行かないと判断するよ。」と言われていた。僕は、起きれたら行こう、なんて思っていた。目が覚めたのは、7時57分。ハッと起きて、何故か行かなくちゃと思って、ダッシュした。ロビーには、皆さまお集りになられておりました。

 総勢5名が集まり、タクシーを呼ぶ。やってきたのは、5人乗り(運転手含む)のカムリーだ。そこで、僕らは名づけて「骨盤ずらし作戦」を敢行した。その名の通り、後部座席の4人が、お尻を前後させる作戦である。これが功を奏し、僕たち5人は無事にカムリーに乗り込んだ。
 その態勢で車に乗ること1時間30分、ベンメリアに辿り着いた。まず、一仕事終えたような感覚だ。

 僕のラピュタのイメージといえば、草原にコケの生えた建物があり、コケの生えたロボットがある風景だ。それからすると、ベンメリアは近い、けど遠い、というのが僕の感想だった。何故なら重要なあのロボがいないんだから。それにコケも少ない。これは、多分乾季というのが、大きいだろう。雨季にはコケが生え、なおラピュタらしくなるのかもしれない。でもロボがいないんじゃあ・・・。

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熱帯林。どこに根をはり、どこから養分をもらうのか。不思議だから、おもしろい!
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 でも、何かに似ているって、そんなに重要なんだろうか。

 ベンメリアは、崩壊した遺跡の中を、進んでいく。崩れたブロックを飛び越えて、遺跡に根を張る熱帯林をくぐっていく。それは、まるで探検のように。

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道もあるが、自由に行きたい場所を走り回る、元気はないので、ゆっくりと。
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 ベンメリアを一回りし、僕にはラピュタらしさ、が特に分からなかった。でも、何かに似ているって、そんなに重要なんだろうか。
 ベンメリアは森の中にひっそりと、ある。森の鼓動を感じ、遺跡の息吹を吸い込む。それだけで、良い。すべてがoriginalなんだな、と思う。

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 もちろん帰りも、骨盤ずらし作戦だ。行きと違うのは、全員汗だくだってことだ。肌が触れ合わないように、キュッとなって行かないといけない。男4人がつぼみのように縮こまり、到着を待ちわびる。宿に着いた時、みんなは花が開くように車から飛び出した。
 ベンメリアは「花束の池」という、意味らしい。男4人のベンメリア(汗だくだから)がカムリーの後部座席でも味わうことが出来た、という訳だ。

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花のベンメリア組

 それでは、皆さん良い日々を!

アンコールワット

02 23, 2010 | カンボジア

8 Comments
アンコールワット

 シェムリアップに滞在4日目にして、ようやくアンコールワット遺跡群に行ってまいりました。

 朝10時にトゥクトゥクに乗り込み、5分程でチケット売り場に着いた。1日券20ドル、3日券40ドル、1週間券60ドル。僕は来る前から、非常に迷っていた。何故なら僕はアンコールワットにそこまで興味がなかった。タイから始まり、沢山のワットを見てきて、もう僕はワットに飽きていた。
 それでも、アンコールワットは別物だよ、なんて多くの人に言われた。それでも、所詮はワットだ、僕は迷った。シェムリアップに来る前は、断然1日券を所望していた、筈だったのに、気付くと僕は3日券を握りしめていた。 これが、アンコールマジックだ。

そして、さらに5分程で遺跡群最大の目玉、アンコールワットに辿り着いた。しかし、アンコールワットの入り口は西側にあり、午前中は逆光になるためパスして、アンコールトムへ向かった。その間は、もちろんアンコールワットを見ないように薄目で進まなくてはならない。

 アンコールトムに到着し、さっそく遺跡観光。 
壁には多くのレリーフが彫られ、石造りの遺跡がある。確かに、すごい。
大きくて、緻密に作り上げられているそれは、とても綺麗だった。しかし、残念なことに修復中の場所もある。重機とか、足場が邪魔をする。
 
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バイヨン
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勝利門でヴィクトリー
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 いくつかの遺跡を見て回り、その間中僕にはガイドが付いていた。同じ宿の熊代さんだ。彼は、ガイドブックを読みながら、それが何を意味しているのか僕らに読み聞かせてくれた。ただ、僕はもう忘れてしまった。それが、何のためにそこに作られ、何を意味しているのか。これは、遺跡を見るに上ですごく大事なことなんだろう。でも、僕はすぐに忘れた。
 あれが何のために作られたものなのか、忘れてしまった。多分暑さのせいだ。本当に暑くて暑くて、汗が溢れ出すように出てきた。リュックと接している背中なんかは、ビショビショだ。

 そして、一通り回った後に、いよいよアンコールワットだ。薄目をしていた効果もあり、アンコールワットに着いた時は、少し感動した。ただ、疲れも溜まってきており、写真だけささっと撮って、夕日のスポットである、プノンバケンに移動した。

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 眼下には、平原が広がっており、遠く2㎞先に気球が優雅に浮かんでいる。夕日が沈むにつれて、周りは少しずつ少しずつ、暗くなっていく。その中で、オカリナの音色が聞こえてくる。ツーリストの韓国人が吹いていた。
 その時、僕は今日一番の感動を覚えた。目の前に広がる自然。これは、誰かが作ったものではない。人が手を加えて今の形になったのは、間違いない。それでも、自然は、自然なんだ。その中に流れる人が作ったもの、音楽。オカリナの優しい音色が、夕日に染まる丘に流れる。
 そのオカリナにアンコールの声が飛び交い、彼はもう一曲、アメージンググレースを吹き始めた。アンコール遺跡の丘の上で聞くそれは、本当に美しかった。

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プノンバケン

 そのとき、僕はふと思う。どこの国のどんな貧しい地域にもミュージックが、流れてる。
 ミュージックは人を救うんだな。そう思った。これこそアメージンググレースだ。

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 それでは、みなさん良い日々を。

カンボジアと睨めっこ

02 21, 2010 | カンボジア

6 Comments
カンボジアで睨めっこ。

 僕は今、アンコールワットのたもと、シェムリアップにおります。

 ホーチミンから、意気揚々(ルンルン気分)とバスに乗り込んだ。僕の席番号は45番。つまり、一番後ろの5人席の真ん中だ。エアコンの風は来ないし、荷物を置くところもない。割り増し料金が悔やまれる。バスに揺られて3時間。ご飯の時間になり、僕が、この時のために残していた2万ドン(100円)が活躍すると思われた。しかし、一番安いフォーの値段が2万5千ドン。僕の2万ドンは日の目を見ることなく、財布の一番奥にしまわれた。そして、僕はみんなの食事風景を眺めながら、オレオ(ピーナッツ&チョコ味)を美味しく頂いた。

 その後、3時間程でカンボジアの首都プノンペンに辿り着いた。プノンペンは、ホーチミンとシェムリアップからの旅行者の交差点であり、日本人旅行者が多い(シェムリアップは桁違いに多い)。そこで、ホイアンからホーチミンまで一緒に旅をしたカズさんと再会した。カズさんの焼け方は尋常ではなく、まるで黒コゲだった。テロにでも巻き込まれたかと思った位だ。 
 次の日、僕はプノンペンを後にし、シェムリアップへ向かった。僕は何故か一人、ホーチミンからの3泊4日アンコールワットツアーのバスに便乗させられた。割り増し料金を払ったからといって、こんなサービスはいらない。もちろん一番後ろの席だった。なんだか、修学旅行のバスに乗っているようで、一人ぼっちの僕は寂しくなった。
  ここ、シェムリアップもツーリストタウンで、栄えている。外国人旅行者が非常に多く。レストランに西洋人がズラリと並び、ここがどこなのか、分からない。

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夜のシェムリアップ

 カンボジアのイメージと言えば、最貧国で地雷、だった。でも、この二大都市に来ただけでは、分からない。それだけじゃない。僕は今まで、タイから始まり、ラオス、ベトナムと抜けてここカンボジアまでやって来た。どの国も2週間程の滞在だった。時には一つの場所で長居した。しかし、多くの町を駆け抜けた。
 カンボジアもそうだ、プノンペンはたったの1日。シェムリアップは諸事情で少し長くなるかもしれない。それでもせいぜい1週間くらいのものだ。

 僕は今まで、その国の本当を見ることが出来てきたのか。それは、もちろん出来ていないし、出来ないとも、思う。側面すら見れていないんじゃないか。線か点ほどしか、見ていない。最近そんな風に思う。

 カンボジアと睨めっこがしたい。いや、色んな国で睨めっこがしたい。

 でも、ツーリストタウンに行けば、バイタクやトゥクトゥクのおっさん達に「ヤスイヨー」とか、「ハッパ、ハッパ(大麻)」なんて言われる毎日で、街には、外資系のフードチェーン店なんかが立ち並ぶ。その風景っていうのは、どこもあまり変わらない。タイで、あろうがベトナムであろうが、カンボジアであろうが、あまり変わらない。同じような風景の中に、同じようなことを言うおっさん達がいる。
 バスの移動中に見た、田んぼや、平原に放牧された牛たち。未舗装の赤土の道路。そこに高床式の家を構える人たち。それが、本当だとは言わないし、思わない。でも僕は、自分の目で見たい、聞きたい、睨めっこがしたい。
 だから、「ぬーすんだバイクで走りだす♪」の心境になり「レーンタルバイク(自転車)で走り出す♪」を実行した。

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農村風景。落ち着くけど、暑くて暑くて。
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 シェムリアップの街から1時間走り続けた。汗だくで喉はカラカラ。それでも、目の前に広がる農村風景に、少し救われた。思わず、「かんぼじあ~」と呟いた。そこは、潮の臭いと魚の腐ったような臭いが混じったような、そんな臭いがした。もちろん臭い。でも、それでよかった。においと風は、カメラでは捉える事が出来ない。だから、自分で感じるしかない。
 物乞いの子供たちも、何だか可愛らしく思える。これで、何か分かったのかと聞かれると、僕は何も分かっていないんだと、思う。
 それでも、ツーリストタウンで過ごすよりも、僕の気持は満たされた。カンボジアはこちらを向いていないかもしれない。それでも僕は睨んでいたい。少しでも、何か分かるように。
 
 いつか、睨めっこがしたい。

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 すりーりえる!すりーりえる!                   


それでは、みなさん良い日々を!

ベトナムとお別れ

02 17, 2010 | ベトナム

6 Comments
ベトナムとお別れ

 今日、やっとインドビザを貰え、明日の朝にカンボジアに旅立ちます。ベトナムはなかなか疲れることも多く、なんだかほっとしています。

 ベトナムは今年、2月14日~16日まで旧正月だった。ベトナムというより、中国や朝鮮半島、台湾、モンゴルなどで、この旧暦を採用している、らしい。僕は今までそんなものがあるなんて知らなかった。12月31日が世界中で大晦日だと思っていた。いや、実際にはそうかもしれない。もちろん1月1日から、年が変わるんだから。でも、とりあえずこの旧正月は、ベトナムでは最大の祝日なのだ。だから、もちろん交通費もツアー代も割り増しだ。僕なんて、旧正月が終わっている18日のチケットさえ割り増し料金で買ったくらいだ。
 
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イルミネーションというのは、寒い季節にあるものだと思っていた。だから、この暑さの中に光り輝くイルミネーションはなんだか、違和感があった。
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 13日に僕はホテルの7階に宿泊していた。そのため、14日へのカウントダウンとか、花火とか部屋から見える、うひょー、と思っていた。しかし、すごい。ちょうど部屋と反対側から花火の音が。なんとか、首を伸ばしてみるが音だけ切なく鳴り響いていた。一応外に行ってみたが、ホテルに囲まれていて何も見えない。僕の部屋から見えたのは、違うホテルや家の屋上から花火を見ている人たちだけだった。もどかしい。日本での大晦日も、バイトの厨房で過ごした。次は花火を見ている人たちを見て過ごした。でも、それだけのことだ。
 

 ホーチミンは特にやることもない(と思う)。だから、メコン・デルタツアーというものに参加した。もちろん割り増し料金で・・・。
「メコンデルタにいかないと、ベトナムから帰れない!」というフレーズがガイドブックに載っていたものだから、それはもう行っとかないといけないんじゃないか。そんな気持ちもあった。
メコンデルタとはなんなのか、それがいまいち分からなかった。今でもあまり分かっていない。でも、とりあえずメコンデルタ、というのは、メコン川の流域に広がり肥沃な大地を持つ地帯のこと、らしい。そこでは、主に穀物生産が行われているようだ。
メコン川は遥か遠いチベットから流れだし、中国を通りミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムへと注がれている。その距離は4000㎞もあるらしい。僕はタイからメコン川を沿うようにラオスを南下していたため、その間ずっと傍にあったメコン川には不思議なものを感じる。

 ラオスに入り、メコン川に出会った。たくさんの船が行きかい、船からの排泄物はメコン川に垂れ流される。それは川の生物たちの養分になっているのかもしれない。そして、そこでは牛が水浴びをし、人も茶色い水の中で水浴びをしていた。男がメコン川で漁をし、女性はメコン川で洗濯をする。その人間の営みを背負いメコン川は流れ続ける。
 
 僕もラオス南部の島、ドンデット島では洗濯した。僕の汗も染み込んでいる、という訳だ。その果てがこのメコンデルタの地帯だ。その上流からの汗や排泄物なんかが、メコンデルタの肥沃な大地を作り出しているのだろうか。
 
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僕が洗濯したのは、水が透明なメコン川。

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こちらは、泥水色したメコン川。
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 ツアーはユニコーン島という島で、ジャングル(風)クルーズやココナッツキャンディの製造過程を見たりする。ついでに蜜蜂を見たり、伝統的な音楽を聞いたりと、肥沃な大地とは関係ないアクティビティが満載なんだ。
そして肝心の穀物畑には、行かない。結局メコンデルタってなんなのか、分からない。もしかしたらジャングル(風)クルーズが肥沃な大地だったのかもしれない。でもこれで、心おきなくベトナムから離れられる。

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メインのジャングルクルーズ。とてもおしり痛い。

 そうそう、僕が今回のツアーで一番印象に残ったのは、ガイドがタイガー・ウッズとノッチを足して2で割ったような顔をしていたことだ。※(いい写真がありません。すいません。)

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ホーチミン郵便局。ここへ行けば片言日本語のガイドと、おばちゃんツアー集団にもれなく遭遇できます。

 それでは、みなさん良い日々を!

いのり

02 14, 2010 | 未分類

7 Comments
いのり

 僕の通っていた高校は、キリスト教の精神を軸に据えていた。朝には朝拝を行なう。聖書を読み、讃美歌を歌う。そして、お祈りを、する。いや、お祈りの代わりに黙祷の時もある。
 そして、讃美歌かお祈りの最後には、みんなで「アーメン」と、言う。「アーメン」は、僕の記憶だと、「本当に、そのようでありますように。」という意味だ。たとえ1人の人間が、家族のことや、自分のことをお祈りしたとしても、全員でアーメン、という。全員で、「本当に、そのようでありますように。」と、言うんだ。これはすごい、と僕は思う。

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・・・これは、高校ではなく、ダラット教会。

 旅をしていると、多くの祈りに、出会う。
 タイ人の多くは仏教徒で、いたるところに寺院や仏像がある。人々はワットの前を通る時、手を合わせたり、お辞儀をし、そこを去る。もちろん全員では、ない。
 有名なワットの御堂では、たくさんの線香が焚かれ、御堂内が息苦しい位に煙っている。その中で多くの人が、ひざまずく様にお祈りをしている。
ラオスも仏教徒が多い。色んな場所で線香を焚いて、拝んでいる人がいる。
あなたは今、何をお祈りしているのですか。そう聞いてみたい。国や、人種、それに宗教が違っても、祈りは一緒、なのだろうか。

 愛する人のことか、愛する家族のことか、愛する自分のことか、愛することが出来ない自分のことか。それは僕には分からない。

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 ベトナム人も9割は仏教徒らしいが、ベトナムに入り、ワットをあまり見なくなった。タイやラオスのような、分かりやすいワットが無いだけかもしれない。日本だってそうだ。分かりやすい寺が無いだけでなく、分かりやすい仏教徒もあまり見ない。たまに原チャリに乗ったお坊さんを見る時くらいのものだ。
 
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これも、一種のお祈りなのかな。
 

 それから、旅に出て知ったことなのだが、物乞いもお祈りをする。誰にか。僕にだ。いや正しくは、大人達にだ。彼らは手を合わせて僕の前で、ぶつぶつと何か言っている。これは、お願いか。いや、僕にはお祈りのように見えた。手を合わせて、手を前後させながら、ブツブツ言う。僕の目をじっと見つめて、お祈りをする。
 
 たまに、泣いている子供もいる。子どものように泣きじゃくるのでなく、目に涙をそっと、溜めている。それはまるで、降り出した雨がそっと、アジサイの花びらの上に落ちて、そこからゆっくりゆっくりと地面に向かって落ちる前に、アジサイの花びらの上で一休みしているような、そんな雫だった。
 汚れた服を身に纏い、裸足でアスファルトを歩く。彼らの足は、もう真っ黒、だ。でも、彼らの祈りはなかなか通じない。もちろん僕にも。
 
 たまには、何かあげたいと思う。でも、何をあげたらいいのか、今の僕には分からない。それでも彼らは、祈り続ける。


 例えば、ポーカーで最初の手がどんなに悪い手だったとしても、人は、次に引いてくるカードに夢を見るように。例えば、ソリティアで、どんなに煮詰まったような状況でも、もしあと一枚、カードをめくる事が出来たなら、状況は大きく変わるんじゃないかと期待するように。

 彼らは祈り続ける。彼らの祈りはいつか届くのかな。 

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僕は、彼らを写真に納めるのが苦手だ。でもそれは、逆に失礼なことなのだろうか。


 それに、旅をしていると、僕自身がお祈りをすることも増えた。日本にいる家族や友だち、知人、それから自分自身のこと。いろいろ考えることがある。
 家族は元気にやっているかな、とか、みんなは今、何をしているだろうか、なんて考える。ついでに言えば、まだ1歳にもならない小さな姪っ子二人は風邪をひいてはいないか、とも。
 
 日本にいたときよりも、すんなりと心に染みていくように、お祈りが出来る。皆は元気にやっている。そう信じて、今日も僕は「本当に、そのようでありますよう。」と心の中でボソリと呟く。そして、この祈りと共に彼らの祈りも届いて欲しい。僕は今、そう祈る。

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壊されたワット。そこにも生命は、宿る。

 それでは、みなさん良い日々を!

ベトナムでソーセージを

02 12, 2010 | ベトナム

5 Comments
ベトナムでソーセージを。

 ニャチャンを午後9時頃に出発した。もちろん夜行バスで。僕は夜行バスが得意なのか、ほとんどの時間寝ている。トイレ休憩も「んっ?休憩か?」と少し目を覚ますだけで、すぐに眠ってしまう。これは、なかなか便利で夜行バスが好きになりそうなくらいだ。ラオスでは、大体窮屈な態勢を強いられてきたから、足を伸ばせるだけで、充分快適だ。

 ホーチミンに朝7時過ぎに到着した。ホーチミンは物価が高く、宿代も高い。僕が泊まったのは、5、6匹の犬とランニングシャツのハゲおじさんが一人、通路や階段で寝転がっているような宿だ。それでも、今までの宿より高かった。
 ホーチミンはかなり都会だ。僕は恥ずかしながら、ベトナムの首都はホーチミンだと思っていた。これは、一般常識なのだろうか。ハノイが首都だなんて、ベトナムに来てから知った。むしろカズさんに教えてもらわなければ、僕はホーチミンが首都だと思ったまま、ベトナムを後にしたかもしれない。

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バイクだらけ。網をかけたら一網打尽だな。

 バイクの量がひどく多い。それに伴い鳴り響くクラクション。ベトナム人はクラクションを鳴らすことが趣味だとしか思えない。
A「はい。趣味は、チャイとボッタクリとクラクションです。」
面接官「ほう、君のクラクションはどんな音かね。」
A「ファッファッファッーというようなエコーの効いた音です」
面接官「ほんとかね!?私のなんてね・・・。」

こんな会話が聞えてきそうなくらい、みんなクラクションを鳴らす。照りつける太陽と、鳴り響くクラクションは僕の体力を否応なしに奪う。
 インドのビザを取ろうと、インド領事館に行くと、8日間かかると言われ、心底ショックだった。ベトナムから早目に脱出したかったからだ。それを聞き、すぐさま僕はダラット(ベトナムの軽井沢)行きのチケットを取った。暑さとクラクションから逃げたかったんだろう。カズさんに別れを告げて、また別々になる。別れは、切ない気分にさせるが、カズさんとはカンボジアでまた会える。そう、信じている。

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富と貧困が同居している東南アジア。靴を履いていない子供も、いる。PSPをやっている子共も、もちろんいる。

 次の日、朝早いバスでダラットへ向かった。ダラットは新婚旅行のメッカらしい。日本でいうなれば、熱海か北海道といったところか。そして、ダラットの最大の見どころは、スアンフーン湖という湖だ。朝靄の中で湖畔を散歩する、なんていいじゃないか。うん、とてもいい。夕日を背に浴びながらの散歩だって楽しそうだ。それに、なにより軽井沢だ。多分旨いソーセージがあるに違いない。僕はそんな想いを抱いていた。
 ダラットに3時過ぎに着き、ホテルにチェックインした。流石は軽井沢、ホーチミンとは比べものにならないくらい涼しい。

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ダラットの街並み
 
 僕は期待を胸に夕焼けの散歩に繰り出した。しばらく地図と睨めっこしながら、ゆるやかな坂道を下っていく。もちろんベトナム人にクラクションを鳴らされながら。そして、グランドの様な広い所に出た。
 地図によると、ここは湖、のはずだ。でも、水が無い。泥水しか、ない。僕の朝もやの散歩も、夕焼けを背に湖畔を歩くことも、夢と散った。

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スアンフーン湖?水が無い今これは、なんて呼べばいいのだ?

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ダラット駅。

 これが新婚旅行でなくて本当に良かった。新婚旅行で湖に水がなく、クラクションを鳴らされるなんて、とてもじゃないが耐えられない。あっ、言うまでもないが、旨いソーセージも見当たらなかったことをここに記しておく。そうそう、軽井沢じゃあるまいし。

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ダラットは花が多い街のようだ。

  それでは、皆さん良い日々を!

ニャチャン

02 10, 2010 | ベトナム

8 Comments
ニャチャン

 今、僕はホーチミンがあまりにも暑かったため、ベトナムの軽井沢と呼ばれているダラットおります。


 ホイアンから得意の夜行バスに乗ってニャチャンへ向かった。僕は窓際の席を陣取り、快適な陸の旅を、状態ですぐさま眠りについた。しかし、窓の開け閉めを司る金具が壊れており、徐々にオープンザドアー。僕はそれに気付かず、エアコンが効き過ぎているな、などと思いなら、寒い夜を過ごした。

 そして、ニャチャンに朝7時頃に到着。今回の宿探しは、カズさんと一緒だから気が楽だ。バイタクのおっさんなんて無視無視。
 宿にチェックインし、僕らはビーチに繰り出した。ニャチャンビーチ、ここは「国内外から年間約100万人が訪れるベトナムの代表的なリゾート地。」(地球の歩き方抜粋)と紹介されているものだから、色んな期待を膨らませた。しかし、僕らがビーチに着いた時には人の姿はまばらだった。日光浴しているおじさんのデカイ腹が、嫌に目につく。
 こんなものなのか、ニャチャンビーチ。それが朝の9時過ぎだったとか、そういうのは、関係ないよ、ね。

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人がいないから、かなり引きで撮れますね。

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現地のお金持ちの子供、だと思う。

 それでも、僕らはせっかくだから泳いだ。「うわ、ちべてぇちべてぇ」と間抜けな顔をしながら、ぷかぷか浮いてみたり、少し沖に出るだけで足が着かなくなり、顔に波がかかり、「ぺっぺっ、しょっぱ!」と、少し、はしゃいだ。
 そして、約7分ほどで僕たちは何も言わずに、海を出た。あまりにも短い海水浴だ。それでも、いい。ニャチャンビーチで泳いだ。これが重要なんだ。多分。
 
 人が少ない分、ニャチャンビーチは静かで、波の音が鮮明に聞こえる。ザザァーン、と満ちては引いていく。それの繰り返し。ただ、それの繰り返しのように思う。でも多分違う。
 波の頂、ザザァーとなるあの白い部分は、波の穂、という。そうか、波も花や実を付けるんだ。だから、毎回波は大きさや形を変えてやってくる。まるで稲穂が風でゆさゆさと揺れるように、穏やかな音を立てて。
 だから、波は見ていて飽きないのかもしれない。それに波は風も一緒に運んで来てくれんじゃないかって思う。

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波の穂
 
 ちょっと泳いだだけなのに、肩がヒリヒリと痛い。海辺の太陽の強さには少し腹が立つくらいだ。僕らの海水浴は以上で終了。僕はもともと夏男とは程遠く、とにかく暑さに弱い。あと猫舌だし。それから、辛いのも苦手だ。こうやって書くとかなり、情けない感じになってしまう。誤解されないように言っておくが、別に寒いのも得意ではない。

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右からカズさん、ホイアンで出会ったともさん、あと僕。

この日の夜、カズさんと二人で贅沢をしよう、といい。お菓子とかワインを買い込んで、ささやかな宴をした。お酒の苦手な僕は、もちろんコーラで乾杯だよ。「今夜は夜更かしだ」なんて、言いながら、二人で楽しく過ごした。
次の日の朝、7時前に部屋の電話がなり、「昨日、6時にチェックインしたから、6時にチェックアウトだ」なんて言われるとは、もちろん夢にも思っていない。

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ニャチャン大聖堂

  それでは、みなさん良い日々を!

ベトナム

02 08, 2010 | ベトナム

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ベトナム

 いま、僕はベトナムのニャチャンにおります。

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世界遺産都市ホイアンの町並み

 ラオスのパクセーから、ベトナムのダナンまでローカルバスで移動。夜6時半。薄明かりのなかで、荷物が座席の下にまで敷き積まれたオンボロのバスに乗り込んだ。座席の下に小麦かなにかの袋がイスと同じくらいの高さまで、ある。そのため、僕は最初から体育座りを強いられた。もちろんリクライニング機能もエアコンもない。この窮屈さで、夜行を語るのはどうかと思う。しかも、ローカルバスだから、レストランとかに着くたびに止まって荷物の上げ下ろし。その旅に乗務員の若造は運転手に酒焼けしたようなだみ声で、怒鳴られている。
 僕は心の中でこっそり、若造を応援した。
「頑張れ和平(に似ていたから)」とこっそりあだ名を付けて、応援していた。


 5時間くらい走ったところで、横のおばさんが何故かDr.Pepperという、体に悪い味のするジュースをくれた。炭酸で、常温。それは、酷く甘かった。でも、なんというか、嫌な甘さじゃなかった。母親が、子どもが泣いている時に、「わかったわよ」と一つ溜め息をついてから、くれるような、本当はわかっていなくて、子どもは冷たいジュースが飲みたいけど、そんな母親の不器用な優しさが嬉しくて、泣きやんで黙ってぬるいジュースを飲むような、そんな気持ちがした。どこか、懐かしくて、どこか切ないような。そんな味がしたんだ。
 そして僕が、ありがとう、と言うと、「いいのよ」というような顔で笑って、顔を背けた。

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ラオス・ベトナム国境

 明け方にラオスとベトナムの国境に到着した。すると、パスポートを強制的に集められ、「出国スタンプを押すから3ドル寄こせ」という。ツーリストは僕を合わせて5人。みんなで何のお金だ、と言っても彼らは何も聞かない。しょうがなく3ドル払い出国スタンプを押してもらう。明け方の暗さと、ラオス人の浅黒い顔を見ていると、本当に不安になる。まるで、悪いことでもしたような、そんな気持ちになる。国境は居心地が悪い。
 国境にいる警察のような人間でさえ、カネカネ。何でも、カネカネ。浅黒いのは顔だけにしておけ、と思う。
 
 ベトナムに入国し、不安な気持ちを拭い去れないまま、ダナン行きのバスに乗る。ベトナム人のマナーの悪さには驚かされる。バスの中でも、ゴミは窓から捨てるか、床に捨てる。乗務員は煙草を吸いながら、お客の荷物の上で寝る。挙句の果てにはタンまで車内に吐き捨てる。それが、お客の荷物の上だとしても。
 ダナンに着くと、バイタク(バイクタクシー)のおっさんにやたらと絡まれる。断っても付いてくる。1kmくらい付いてくる。ずっと「ヤスイヨー」とか、「スリーダラー」とか、言いながら延々付いてくる。しかも、ダナンのホテルは嫌ほど高いから、もういいやと思って、移動しようと、バス停でバスを待ってると、さっき付いて来た奴が、目をぱぁーっと輝かせながら、「また、会ったね」とか言いながら、近寄ってくる。「今日はもう、バス来ないよ」とか平気で言う。くそう、ベトナム人・・・。

 バスに乗り、若干ボラれて、公共バスなのにこれかよ・・・、と気疲れしてしまう。
やっと、ホイアンに着いて、チェックインすると、日本人に出会った。なんか、めちゃくちゃ嬉しい。ボリボリ、カネカネ大国ベトナムで一人は辛い。一人で歩いていると、バイタクがめちゃんこしつこいんだ。
 
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来遠橋(日本橋)

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 そして、ここで出会った壮大な世界一周をしているカズさんと少しの間行動を共にしている。カズさんは、とても面白くて、ナイスセンスな方だ。カズさんも世界一周のHPをやっているので、是非見てみて下さい。

   世界ウォーカー カズの世界一周旅行記 
     http://www.sekai-walker.com//

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ラオスの棚田

 それでは、皆さん良い日々を!

ラオスのキムさん

02 06, 2010 | ラオス

7 Comments
ラオスのキムさん

僕は今、ベトナムのホイアンにおります。

 ラオスは、ネット環境が悪く、載せることが出来なかったことを、少しまとめておきます。

 僕がパクセーに着いた朝、バス停から一緒にトゥクトゥクに乗っていた韓国人のキムさんと出会った。そこで、宿をシェアすることになり、一緒に朝ごはんを食べた。そのときに、むしろ出会った時から、「ワットプーフェスティバル!ワットプーフェスティバル!」とうるさかった。僕がどこか、と尋ねるとキムさんは、「しっくすキロミター」と言う。
 僕は「じゃあ、僕も行きますよ」と言った。それが、失敗だった。トゥクトゥクのおじさんに聞いたら「300000kip(日本円で3500円くらい)だ」と言われ、僕は高いと思ったが、キムさんは30000kipと聞き間違えているらしく、「うん、チープチープ」と嬉しそうにしている。僕が30万kipですよ、と教えると顔色が変わり、すっかりしぼんでいた。 そもそも、6kmではなく、60kmだったのだ。
どうしても、行きたいというおじさんが可哀そうに思えて、僕はレンタルバイクを借りた。これも、失敗だった。

 1時間半ほどバイクで走り、川をボートに乗って渡り、舗装されていない、道をひたすら走る。その道の砂嵐はひどく、僕は前に乗っているため、もろに砂嵐を顔全面で受け止めていた。ふと後ろを振り返ると、キムさんは、サングラスにマスクの完全防備だ。それ、是非下さい・・・。

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 ワットプーには昼頃到着した。祭りというよりは、後の祭りと言った感じで、そこら中がゴミだらけだ。ワットプーは世界遺産なのだが、そこら中ゴミだらけ。激しく散乱するゴミ、ゴミの中からペットボトルだけを拾う子どもたち、遺跡の柱で日除けをしながら、物乞いをする子どもたち。
 ペットボトルを拾うとお金になるのかな。リサイクルっていうやつかな。

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 ここらへんには、ゴミをゴミ箱に捨てる、という習慣がないのか、それとも沢山の外国人がやってきて、ゴミをまき散らして帰ったのか。多分両方だな、と僕は感じた。それでも、僕はゴミがそこら中に捨ててあることを不快に思い、自分のゴミだけでも、ゴミ箱に捨てたい。そう思える自分を誇りに思う。
 柱の陰で物乞いをしている子供たちの手元に置かれた皿には500kipも入っては、いない。子ども達も座っているだけで、何も言わない。消極的な物乞いと言える。たまに、ねだるように、手を合わせてぶつぶつ言っているだけで、彼らは何も、言わない。僕には逆にそれが辛い。こいつらは何を考えている。人は話しているときは、あまり物事を考えない。でも、黙っている間は、多くのことを考えることが出来る。だから、彼らは黙っている時間があまりにも長い。今、君は何を思う?

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 そのあとも、僕は散々キムさんに振りまわされた。キムさんが、ちょっと待って、というと大抵20分は待たされる。一番長いところでは、2時間近く帰ってこなかった。
 2時間後に帰って来て、なにを言うかと思えば、「ここは、夜になるとキャンドルがとてもきれいらしい。夜まで待とう」。僕は言葉を失った。夜まで・・・。
 一応「バイクを9時までに返さなきゃいけない」と言ってみたが、キムさんは「オーケー」の一点張り。僕は負けじと「ノー!プログレム」

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 暗くなり、キャンドルが灯された。でも、時間はない。僕らはバイクに乗り、走りだした。それでも、キムさんがストップと何度も言い、僕は待たされる。まるで、ただの運転手だな。

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 帰り道、キムさんは違う道でも帰れるといった。僕は嫌だった。でも、キムさんは何だか偉そうに、少し苛立ちながら指示をする。なんなんだ、と思いながら僕らはその道を走る。凸凹で未舗装の道を。30分くらい走ったところで、キムさんが「やっぱり引き返そう」と言った時には心底驚いた。
 このおっさんは何を言っているんだ。
引き返して、ボートに乗った時、彼は疲れ果てた僕に向かって、「どうして、あっちの道に行ったんだ」と言いのけた。
 僕が「このキム公が!」と思ったことは、言うまでもない。


 次の日の朝に別れて、僕はものすごい幸福感に包まれていた。そして、また次の日、僕はドン・デット島へ向かった。そこで、僕が重い荷物を担いで宿を探していると、前から変な自転車に乗ったおじさんが。うん。もちろんキム公だよ。
「ユージ!」と近づくキムさん。「宿は何処だ。そうかまだか、じゃあ俺がリトル・エデンのNo.3に泊まっているから、そこでルームシェアしよう。オーケー?」
「オーケー・・・。」
 そして、僕は彼の自転車を見送り、次に見つけた宿にチェックインした。だって、重い荷物を持って6㎞くらい歩いたあとだったんだから、リトル・エデンを探す気にはなれなかった。それにそこが僕にとってエデンだとはとても思えなかった。キムさんと僕とで、アダムとイブだなんて、嫌すぎる。それが例えリトルだったとしても。

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 それでは、みなさん良い日々を。

02 03, 2010 | ラオス

5 Comments


 僕はこれから、ベトナムへ向かいます。ボロボロのエアコンも付いていないバスで19時間・・・。
僕は、この2日間ドン・デットいう島でのんびりしていた。島と言ってもメコン川に浮かぶ島だ。このへんの話は、またまとめて載せます。
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 これは、少し前の話だ。僕が、タイを出てルアンパバーンに向かうスローボートの中。風が気持ちよく、流れる景色は雄大で、I podから流れる音楽が心地よかった。周りは西洋人だらけ。聞こえてくる言葉は英語かフランス語かイタリア語にドイツ語、それからラオス語。他にもあるかもしれないけど、フランス語とクロアチア語の区別なんて僕にはつかない。
 そのとき、ふと思った。人は生まれたところの言葉を話すんだな、と。そして生まれたところで色んなことが決まるんだな、と。それがどうした。
 日本で、鶏の鳴き声はコケコッコー、犬はわんわん。英語だと鶏はcock-a-doodle-doo、犬はbow bowだ。日本で、虹は7色だ。でもアメリカでは6色だと聞いたことがある。それがどうした。

 僕らは生れて成長していくなかで、そういうものだと思っていく。そういう風に聞こえ、見えるようになっていくんじゃないのか。
何も知らずに鶏の鳴き声を聞いたら僕には何と聞こえるのだろうか。それはもう、分からない。もしかしたらコケコッコーじゃなかったかもしれない。
何も知らずに虹をみたら、僕はきっと、それが何色か、なんて数えない。

旅は多分、これだ。

新しい、見たこともない、聞いたこともないことを、自分の感性で、感じる。
虹が何色に見えるのか、それが旅、なんじゃないか。
鶏がなんて鳴くのか、それが旅、なんじゃないのか。

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 自分が目撃者になるんだ。自分の五感で、六感で。 それが、旅だ。
僕はそう感じた。風をやんわりと切り裂き、メコン川の流れにのってゆっくりと下るスローボートのその中で。
 これからも旅は続き、僕のなかでこれは、変わっていく、かもしれない。でも今はそう思う。

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                      それでは、皆さん良い日々を。

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