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おわりに

01 24, 2011 | おわりに

7 Comments
おわりに
 
 きっと、僕らの目の前には、思っているよりも広大な道がある。正しい道、なんてありはしない。真っ白な雪原から、暗い洞窟の中、爽やかな風が吹き抜ける高原。そこは、大海原のように果てしなくて、森のように美しい。
 その中から自分が自分で決める。

 自分が、自分で決める。

DSC_0326resize.jpg
真っ白な雪原
DSC_0131resize.jpg
イースター島からの大海原

 僕は、世界一周の旅に出た。それは少しばかりちんけな事、かもしれない。でも、僕はそれがしたかった。大学に入り、「2年か3年になったら休学して、世界一周に行くんだ。」と、友達に伝えた。
 その瞬間、僕の進んでいた道のターンアウトスイッチは、“ガチャン”と音を立てて切り替わる。僕は、ガチャンの音と供に、ほんの少しだけ右に向かい、走り出した。その先にあるのは、世界一周だ。
 目的地は、分かりやすくて、見やすいものだった。あぁ、目指す光はあれなのかと、僕はそれに向かった。その光があまりに強くて目が眩んで、怖くなって道を間違えそうになるけれど、僕は、思い出す。あのときのスイッチの音を。

 自分が、自分で決めたんだ。

 少しだけ右側に逸れた側線は、いつのまにか、本線から大きく離れて、それが本線に変わっていた。誰かにこの道の道標を話す度に、それは加速した。多くの人に言えば言うほど、僕は加速した。

DSC_0132resize.jpg
このみちを、僕は走った。
 
 それでも僕は何度も、スイッチを入れ直したい、と思った。また元の場所へと帰れないか、と繰り返した。
 そんな時は、決まって思い出す。自分が、自分で決めたんだ。誰かが押したスイッチではない。僕は、また前へと進んでいく。

 スイッチは、きっと思ったよりも簡単に切り替わる。決断するだけで、道は間違いなく変わる。それは善くも悪くも、ではあるかもしれないけれど、道は変えられる。
 
 もし、世界一周に行きたいなら、決断して、友達に言ってみればいい。「俺、世界一周に行くよ!」きっと友達は、「マジで!!?すげーな、いつから!?」って言ってくれる。そしたら、こう言う。「えー、と一年後の今日!」きっと、スイッチは変わる。
 もしくは、彼女に言ってみればいい。「俺、世界一周に行こうと思ってんだけど・・・。」「えっ?私を置いていくつもりなの?私と旅行どっちが大事なのよ!!」そしたら、こう言ってやればいい。「もちろん、君さ。そうだ!今度一緒に別府温泉にでも行かない??」

 世界一周なんて、諦められるのなら、諦めてもいい。行きたければ行けばいい。スイッチはいつだって、自分が握ってる。

 2009年8月、僕は大学を休学して、働いた。
 2010年1月、友達に見送られて、成田空港からタイへと、向かう。午後6時、飛行機は、滑走路を走り出して、僕の目から涙が少しだけ零れた。スイッチオン!!元の場所へ戻りたかった。でも、元の道へと戻るスイッチは無くなっていた。いや、そんなことはなくて、結局僕はこの道を選んだのだ。きっといつだって、本当は帰れるんだから。
 機体はどんどん高度上げていく。窓の下には、日本の夜景が広がっていた。それはなんだかとても美しく見えた。しばらく見る事がないであろうその景色に、また涙が溢れそうになる。


 タイには、午後11時過ぎに到着した。僕の旅は深夜からのスタートとなる。それだけでも、僕にとっては、困難な事だった。こんな不安の中にいるのはいつ以来だろうか。そのときの僕はまるで迷子になった子供だった。

 迷子になった子供は、途方に暮れる。そして、少し上を向いて泣いてみればいい。きっと誰かが助けてくれるから。僕も上を向いて泣いてみれば良いのだろうか。そしたらきっと、警察が3人くらい寄って来て事情聴取されて、また元の場所に帰されるのが関の山だろう。

 僕は歩き出す。自分の足で、この体で。
 自分が、自分で決めたんだ。

DSC_0357resize.jpg
僕は、雪山の風景が何よりも、好きでした。それが、わかりました。

 東南アジアを周り、僕の世界は少しずつ広がった。ビビりながら、迷子になりながら、僕は前へと進んでいく。白黒だった、僕の世界地図に僕なりの色が付いて、それが現実であるように、日本の僕の生活と繋がっていることを、繋がっていくことを感じていた。東南アジアからインドへと向かう。インドの東の町コルカタに着いたのは、夕暮れだった。また少し、地図は広がり、新しい色が付いた。文化も人種も言葉も変わり、僕自身は何者なのかと不思議に思ったのをよく覚えている。

DSC_0254resize.jpg
インドにて。襲撃中

 それからも僕の旅は続く。トルコから、ヨーロッパ、モロッコに南米、最後の国アメリカ。僕の知らなかった世界は、ちゃんとそこに存在していて、ちゃんと僕の世界と繋がっていた。

 たった300日の旅だ。それでも悲しい事や辛い事も沢山あった。もちろんそれ以上に幸福なことも。息が詰まるような臭いも嗅いだし、顔を両手で覆いたくなるような場面もあった。何も素敵な事ばかりでは、ない。

 それでも、行ってみなくては何も分からない。

 自分で行って、自分で見て、自分で臭いを嗅いで、自分で食べる。そうしてみなくてはわからないことだらけだった。自分の足で、自分の感性で歩く事で見える事が沢山ある。

 どこの国のどんな場所にも、人は生きている。愛し合いながら、笑い合いながら、けんかしながら、泣きながら、怒りながら、沢山の事を分ち合いながら・・・。
 そうやって、生きている。国や人種、言葉も文化も全て超えて、そうやって生きている。この世界は分かち合いながら、繋がっている。それはどこまでも。僕らはどこまでも繋がっている。僕らは皆、繋がっていて、この丸い地球の上で生きていて、生かされている。

 僕は無事、この生まれた“場所”日本に戻って来た。このブログのサブタイトルは、『One world! 世界一周の旅へ。そんで最後にオーロラを見ながらチョッパーのような、涙を流したい。』

 僕は、オーロラを見る事は出来なかった。
 サブタイトルを達成する事が出来なかった。
 
 だけれど、後悔は、ない。僕は自分でオーロラを見る事を諦めた。いつかきっと、また出会えるだろう、そんな気持ちで諦めた。
 アメリカから、日本に戻ると友達が空港まで迎えに来てくれていて、友達の車で4時間と少しかけて長野へと帰る。長野県に入ったところで、僕はふと眠ってしまった。起きたら大学の体育館の駐車場に入っていくところだった。まるでワープしたような気持ちになっていた。


 着いたよ、と友達の声が聞こえた。車から降りると、一台の車がヘッドライトをつけた。眠たくて薄めに明けた目から、僕は、それを見た。

 それは、オーロラ。

 友達が布いっぱいに書いた山と海と空と星と太陽。それからオーロラ。
 願いは、叶う。きっと、自分だけじゃなくて、誰かが叶えてくれる事もある。そんな風に僕は想いたい。願いたい。

 今、そんな事を考えていると、少し涙が出た。チョッパーみたいに、じゃなくて僕らしく。

DSC_0259resize.jpg
オーロラ
 
 “ガチャリ”
 さて次はどこに向かおうか。
 僕はこの地球が大好きです。なんてたって、僕は日本人、いやいや、地球人なんだから。
 

 読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。応援してくれた家族に友達、旅で出会った人、全く知らずに見てくださった方。感謝しています。それではさようなら。
 
 僕らしく、あなたらしく。
 皆さんよい日々を! そして、素敵な人生を!

DSC_0046resize.jpg
ばいばい
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General Sherman Tree

01 12, 2011 | アメリカ

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General Sherman Tree

 Bristle cone pine Forest を午前11時頃に出発した。そこから南西にあるSequoia National Parkへ、僕らは世界一大きい木に会いに行く。

 グネグネとした山道を来た、方向へと戻っていく。カーナビには、Sequoia National Parkの文字が出ている。それは、4時間ほどで着くだろう、と残り時間を表示していた。運転している古川は、ものすごく眠た気な顔をしている。お昼ご飯にサブウェイに立ち寄った。そこで運転を代わり、僕らはまた目的地へと向かう。外は今日も、暑い。9月も上旬を過ぎようとしているが、カフォルニアの夏は長い。
 愛車のRIOは快調にエアコンとカーステをフル稼働させながらフリーウェイを走った。

セコイア

 目的地が近づいて来た時に、僕らは異変に気がついた。道の両端には時折、Sequoia National Parkと申し訳なさ程度に表示されている。けれど、ここは僕らの求めている場所では確実にない。どこまでも進んでも大きなエントランスの文字も看板もなくて、とうとう砂利道に突入し始めた。「これは・・・・・・違うね」と、僕らは苦めの顔で向き合った。

 すぐに、カーナビに手を伸ばして再検索をかける。Sequoia National Park Entrance という文字を押した。目的地が表示され、時間は2時間30分。
 そのとき既に時間は、16時に差し掛かろうとしているところだった。RIOのギアを急いでRに入れる。Uターンをして、指し示された場所へと全速力で向かう。僕らは最後に大きなミスをしてしまったようだ。
 日が沈む前に、なんとかその場所へ行きたい。

 エントランスに着いたのは、午後6時50分。太陽は大きく傾き、もう木々に閉ざされたその場所は少し薄暗くなっていた。入場料を支払って、そのチケットが1週間有効だという、なんの意味も持たない説明を笑顔で受け流して、山道を登った(車で)。
 運転は古川で、僕は渡された地図をほむほむ、と読んでいた。地図の縮尺を見ながら、big pineという記載のある場所までの距離を見てみると、大体60kmくらいある。これはマズいぞ、でかいぞ国立公園!!

 一番近い見所ポイントは、General Sherman Treeだった。「古川、とりあえずこのジェネラルシェルマンに行こう。こいつも相当大きいようだし、日が暮れちゃうし。」このときの僕は二つミスを冒していた。これはジェネラルシェルマン、ではなくて、ジェネラルシャーマンだったのだ!(かなりどうでもいいのですが)
  そんな会話をしている僕らの走る道の両脇にはすでに、もの凄く大きな木々が僕らを出迎えてくれていた。

 ジェネラルシェルマンの駐車場に着いた時、辺りにはまだほんのりと明るさが残っていた。僕らは、ダッシュした。ジェネラルシャーマン -シャーマン将軍の木- の麓へと走った。外人さんを追い越して、時折笑われたりしながら。

セコイア4

 ジェネラルシャーマンが、見える。それはとても大きい。

 General Sherman Treeの看板の前に立つと、一つの言葉が目に入った。

-This tree is not the tallest or the widest, but the overall volume of its trunk makes it the biggest tree on Earth.-
 この木は、一番高くも、一番太くも、ない。しかし、この木は地球上で、一番大きい。

セコイア5

 僕らは、世界で一番大きな木に出会えたのだ。もう一つのミスは、こいつは、相当大きな木、ではなくて、地球で一番大きな木、そして、地球で一番大きな生命体だったのだ。
 直径11.1m、高さ83.8m、樹齢およそ2200年。僕が22歳、だから100倍。わかりやすくて、いい。

 シャーマン将軍の麓は、まるでおじいさんの手のように、ごつごつしていて、でもどこか優しくて、柔らかな形をしていた。

セコイア7
背景の木々も別に小さい木ではありません。そんなに大きく見えないのが残念

 2200年前には、たった一つの芽、だったシャーマン。名前もなくて、イエス様よりも前に生を受けて、生き続けてきた。
 いくつもの、困難を乗り越えて、時間は、遡ることなく、流れ続ける。例えば、ほんの些細な事で、成長点が折れてしまったなら、彼はここには、いない。

セコイア3
近くにあった触れる木

 決して、遡る事はできない。後悔や失敗も成功も、すべてを受け止めて、このときは流れる。僕の旅は、流れ続けてここまできた。もう終わる。
 日は、もうすぐ沈む。

セコイア2


 この旅は、何かで一番だった事なんて、ない。予算も期間も、行った国の数も平凡だ。しかし、この旅は、僕だけの世界で一番素敵な、旅だ。


 それでは、皆さんいい日々を!

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